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地域の未来と事業性評価(後編)

対談 金融庁 検査局検査局長 遠藤 俊英 氏 × リッキービジネスソリューション株式会社 代表取締役 澁谷 耕一

<自行庫の分析レポートを有効的に活用する>

<澁谷>

金融庁として、昨事務年度及び今事務年度には具体的にどういったものをモニタリングされたのでしょう。また、そこから得られた知見というものはありますか。

(遠藤局長)

2月の地銀協と第二地銀協の例会において、「事業性評価に係るヒアリング項目」を配布しました。ここに書いた項目について、金融機関としてもう一度内部できちんとした議論をし、態勢を整えてほしいとの期待を込めて配布しています。経営陣のコミットメント、本部の体制および戦略、営業体制、本部と営業部隊の有機的なリンク、営業支援のシステム・施策、等々、多岐にわたる分野をヒアリングし、金融機関の事業性評価推進態勢を総体として理解したいと考えています。

ヒアリング項目の中には、「人材育成」のような中長期的な課題を含めています。たしかに多くの専門的な業態に銀行員がことごとく通暁するのは難しいですが、例えば、支えていくべき地場産業の中核企業に職員を出向させ、出向先での仕事を通じて、地場産業を盛り上げていくには、金融機関として何をすればよいのかを考えてもらう。あるいは、その地域におけるモノづくりをやってこられ、なおかつマネジメントもされていた方を雇い入れ、営業職員はその方と一緒に顧客企業を訪問し議論する。オン・ザ・ジョブで「目利き力」を養ういい機会になるのではないでしょうか。

ヒアリング項目をより客観的に議論するために、できるだけKPIを設定すべきと考えております。一つ一つのKPIは厳密なものにはならないでしょう。例えば、顧客企業の粗利の推移は、金融機関が当該企業と長く関係を持ち、常にアドバイスをしてきたことによって、当該企業の価値が上がったことを示すKPIになりえます。企業の粗利の向上は、経済情勢・地域情勢・競争状況など諸々の要因が絡むので、銀行のサポートによる価値向上分を厳密に抽出することは難しいでしょう。それでもなお、他のKPIあるいは定性評価とあわせて勘案すれば、事業性評価なりリレバンの成果をより具体的に把握することができるものと考えます。金融機関もいくつかのKPIを設定して自らの取り組みの成果を客観的にとらえようとしたらどうでしょうか。

金融機関の企業や業態分析に関して気づくのは、系列の研究所で作成している様々なレポートの活用振りですね。作りっぱなし、配りっぱなしで営業店が顧客企業を訪問し議論する際に有機的に生かされていないのではないか。優れた金融機関の当該業種や顧客企業の分析は深く、そのレポートは下手なコンサルタントではとてもかなわない。考えてみれば、地域金融機関のネットワーク・情報量・人材の質量からして、地域金融機関が優れた分析ができるのは当然ともいえます。分析レポートを分析だけにとどめず、営業部門と協働して、いかに地元産業、顧客企業をサポートする材料として活用するかが課題です。意識して取り組んできた金融機関とそうでない金融機関との間で、かなりはっきりしたパフォーマンスの差が生じている感があります。

<澁谷>

確かに、総合研究所というのはありますが、地域経済をマクロ的に分析しています。基本的には、人事制度構築のためのコンサルティングなどですが、その地域における産業や特定の業種などに対する分析を深めるべきです。

(遠藤局長)

その通りです。経営が意識して、総合研究所の分析と営業の現場を有機的に結びつけようとしていないのです。

<澁谷>

先日伺った話しなのですが、A銀行の総合研究所が出しているレポートは色々な地域の分析をしていて、素晴らしいものなんです。しかしその銀行の行員が読んでないようなのです。お客様に配っているのにその存在すら知らない。ですから、知り合いの支店長さんに「総研でこんなによい冊子を出しているのだから、これを持って回ったらどうですか」と言ったんです。そうしたらどんどん回れるようになって、今までちょっと敷居が高いと思っていたところにも毎月行けるようになったとのことです。

(遠藤局長)

金融機関にもよりますが、よい分析をされているところは多いと思いますよ。 我々も事業性評価検証で、研究所の研究職の方々とも話しました。プライドをもって仕事をされているので、いかに工夫して分析されているかを熱心に教えてくれます。「なるほどそこまでやっているのか」と感心します。業態分析では、決して代表的な1社のみを取材してよしとせず、複数社をヒアリングし、地元業界の実態を浮き彫りにしようとしています。

<澁谷>

せっかくの資産、武器を使っていないとしたら、本当にもったいないことですね。

<リレバン・マインドの育て方>

<澁谷>

私も銀行員だった頃、自分の担当する業界は一生懸命に調べたので、かなり詳しくなりました。若い担当者の方でも、その気になればそういったこともできますね。

(遠藤局長)

そうですね。ノウハウや知識を一生懸命勉強するのは大切ですね。でも、その出発点は何かと言うと、やはり自分のお客様である企業をよく知った上で「課題を何とか解決しよう、あの社長を何とか支えよう」という意欲、情熱だと思います。そういった営業職員の意欲を生かせる組織になっているか、あるいは逆に営業職員にそういう気持ちを抱かせるような人材育成、態勢づくりをしているかを事業性評価の検証では問うています。

<澁谷>

そのあたりのことは、私も若手行員への研修でよく話をします。20代の方は特にそうなのですが、研修前に皆さんの悩みを出してもらうと「お客様のところで何を話してよいのか分からない」とか「話が盛り上がらない」という声が多く聞かれます。だから行くのがすごく苦しいとか、行けないとなってしまうのです。そうではなくて、こちらから聞きにいけばいいんです。色々調べていくつか質問を持って行けば、経営者は話してくれます。そこのところをもう少し丁寧に指導して、「こういうこと聞いてきなさい」と具体的に示してあげれば、全く変わってくると思います。

(遠藤局長)

金融機関の経営陣の感覚では、なぜそこまで手取り足取り教えなきゃいけないんだと思われるかもしれませんね。でも澁谷さんご指摘のような若手行員の悩み、実態を踏まえ丁寧な研修、きめ細かな人材育成が必要でしょうね。 さらに若手行員の立場からすると、心の余裕、時間の余裕がないと勉強したくてもできません。家に帰れば疲れてしまって寝るだけの生活を繰り返している間は、お客様ときちんと対峙して話をじっくり聞こう、どんどん勉強していこうという気分にはなれないでしょう。ノルマがあと何件残っているから消化しなくては、という状況では「こんなに悠長な事をしていていいのだろうか」などと考えてしまうでしょう。経営陣・本部が行員の仕事環境を変えていこうとする意識がなければ、行員が本来あるべき営業を行い、お客様と対峙することはできないのではないでしょうか。

<澁谷>

コミットメントと体制作りが本当に大切ですね。そのための人材育成をトップが本気でやるかやらないかということにかかっています。企業やその事業内容に関心がないというのは最大の問題だと思います。銀行の方が断然ネットワークが広いし、お客様にちょっとヒアリングするということも、同じ業界内で幅広くできますから。総合的なアウトプットはレベルが高いはずなんです。金融機関がもっと相手先の企業に関心を持てば、おそらく私たちコンサルタントよりも成果が出せると思います。

(遠藤局長)

本当にその通りだと思います。中小企業の中には、自分で事業計画や中期経営戦略をなかなか作れないところがある。そこに銀行が入って「それはこう考えたらどうですか」と提案する。計画という最終のアウトプットに向け、金融機関と中小企業との間でキャッチボールができれば、それは金融機関職員が企業を理解するための有効な機会になるし、企業側も「なるほどこういう形で自分のビジネスを捉えるべきなのか、」と新たな学びの機会になります。金融機関から、「このようにして企業の実態を、職員の日頃の営業活動を通じて把握するのが我々の事業性評価のやり方だ」あるいは「リレバンの具体的な方法論だ」と主張されることがありますが、それでよいと思います。各金融機関がお客様を徹底的に理解し、彼らを助けようというコミットメントのもとに、試行錯誤して自らその方法論を確立するのは望ましいことです。

<澁谷>

本誌(18号)で「金融機関職員はコンサルタント」というコラムを書いたのですが、お客様に対して一歩踏み込むことが大切なのではないかと思います。私が一人で事業を始めた時のヒントが「中小企業の事業計画を作る」ということでした。お客様と様々な議論をしながら、「いや社長、これは無理ですよ」とか「そんなこと言ったって」という一歩踏み込んだアドバイスをし、事業計画を一緒に考えながら作っていくというのは、方法論としてはとてもよいと思っています。

(遠藤局長)

やはり相手に関心を持ち、歩み寄っていくのが基本です。ただちに融資に繋がるとか利益になるかは分かりませんが、相手に対しもう一歩踏み込んで理解を深め、相手の価値を何とか引き上げようとする。そうすることが、いずれは自分の利益に返ってくるかもしれません。今日の相手への踏み込みが将来の自分の利益につながるのかの保証はありません。しかし、初めから手数料目的、融資目的の売り込み営業をしていたら、確実に顧客を失ってしまうのではないでしょうか。

<澁谷>

金融機関だから存続できますが、一般の企業だったらすぐに破綻してしまいますね。

(遠藤局長)

ですから我々も、モニタリング基本方針では「顧客第一主義」として、顧客を起点にした好循環の実現をうたっています。「当然のことであり、金融庁に言われるまでもない。」とおっしゃる金融機関は多いと思いますが、ぜひ、その精神を現実的かつ具体的に自分たちのビジネスに落とし込んでいくべく、真剣に検討していただきたいと思います。

<澁谷>

真に顧客のためになる金融商品・サービスの提供。商売の基本中の基本というか、当たり前のことですが、金融機関の経営陣はもう一度考えなければいけないと思います。当然のように増益を目指しているところがありますよね。行員もいけないのかも知れません。なんとなく「はいはい」と聞いておいて、でも「ノルマがあるからそれはそれ」みたいに分けて考えてしまっているところがあるような気がします。

(遠藤局長)

「それはそれ、これはこれ」と職員が割り切ってしまうのは、結局のところ、トップのコミットメントが弱いからだと思います。「私は真剣にこれを目指しているんだ」とトップが繰り返し繰り返し語り、その方向で金融機関の態勢を固めようとする、その本気度が強くなければ、職員も真面目に受けとめません。地銀でも、頭取の真剣さが営業の最前線に届いているなと感じさせてくれるところもあります。信金信組のように、より小規模の組織では理事長の信条、哲学、人格が組織のあり方を大きく左右します。金融機関にとってのトップの重さをつくづく感じます。

<それぞれの金融機関に合ったやり方・意見に期待>

(遠藤局長)

事業性評価の項目は多岐にわたっています。こういうものをお配りすると、すべての項目をクリアしないといけない、それを金融庁が要請している、との反応が返って来がちですが、それは違います。「当行はこの項目については不十分なところもあるが、それを補うこういった取組をやっているんだ」と切り返していただければよいのです。我々がお示しした検証項目はすべてを満たさなければいけないものではなく、あくまで議論の端緒であると考えていただきたい。「地域のビジネスの実態はかくかくしかじかであり、金融庁の見立てどおりにはいきませんよ。」「地域のために、当行はこうした独自の取り組みを推進している。ステレオタイプの発想をすべきではないのです。」等々、自信をもって反論していただきたい。我々は喜んで傾聴させていただきますし、そうした議論を心から期待しています。

<澁谷>

金融庁のスタンスや局長のお考えがとてもよく解りました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

(2015/04/06取材 | 2015/05/08掲載)