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変わる金融行政 事業性評価と地域金融機関の目指すべき姿

対談 金融庁監督局長 遠藤 俊英 氏 × リッキービジネスソリューション株式会社 代表取締役 澁谷 耕一

平成28事務年度金融行政方針

<澁谷>

平成28事務年度の金融行政方針について、教えてください。

(遠藤局長)

今回の金融行政方針に掲げた内容は、年度単位で終わるようなものではありません。金融機関が継続的に取り組んでいただくことで、より高いレベルを目指す内容になっています。

金融庁にとっても、今、大きな転換期を迎えており、金融行政のあり方そのものを変えていきたいと考えています。現場で資産査定を数だけこなせば良いといった、検査・監督業務のあり方を根本的に見直していくつもりです。

金融庁が現場に入る場合は、事前に金融機関とオフサイトの議論を交わし、資料の分析を行ったうえで、金融機関に内在するリスクが何であるのかをしっかりと見極めるべきだと考えています。事前の分析では見極めきれないリスクにターゲットを絞って現場に入り、検証していくという検査体制に変えていきます。

また、金融庁が金融機関に対して、あまりにも強い立場にあることも問題だと考えています。そのため、金融機関は自分たちの顧客を見るのではなく、金融庁を見て仕事をするようになっています。金融機関は、金融庁の発言内容や意向をよく気にされますが、金融機関が本来気にしなければならないのは、お客さまであるはずです。金融機関は自分たちの顧客の意向を探り、その意向にあった金融商品をどのように提供できるかを検討することに本来時間を割くべきなのです。金融庁が何を言っているのか、金融行政方針の文言の意味は何であるのかを詮索するのに時間を費やすべきではありません。

<澁谷>

確かに、金融機関は金融庁を見て動いていると感じることが多いですね。

(遠藤局長)

ただし、金融機関が金融庁を見て動くようになったことについては、我々金融庁にも責任があると思っています。そのため、先ずは金融庁自身が変わらなければいけないとの思いで、今回の金融行政方針の一番目に「金融当局・金融行政運営の変革」を掲げました。

金融行政のあり方を大きく変えていくためには、有識者会議の第三者の意見も踏まえ、議論した内容を公表していく必要があると考えています。ぜひ、金融機関にもお客さまにどのようなサービスを提供し、地域にどのように貢献していくのかなどをこれまで以上に公表してもらうことを期待しています。

さらに、金融行政方針は、役所用語を使わずに、金融庁の考え方をできるだけわかりやすく説明するよう努めています。昨事務年度の金融レポートでは、図表等を用いて、金融機関や金融市場の実態を公表しています。同様にわかりやすい情報開示を金融機関にも実施してほしいと考えています。金融機関が情報開示を徹底することで、顧客目線に沿った良い意味での市場競争が生まれてくるものと期待しています。

金融機関を評価するのは、金融庁ではなく、お客さまです。金融庁は、従来のような金融機関に対する直接指導をできるだけ控え、各金融機関が互いに情報開示を行い競争できる環境作りのサポートに徹したいと考えています。金融機関が互いに競い合い、自らの創意工夫による金融商品・サービスを提供し、顧客に選ばれるような環境を作ことが、今回の行政方針の狙いです。金融庁は金融行政のあり方を大きく方向転換しようとしているのです。

日本型金融排除

<澁谷>

日本型金融排除とは、どのようなことなのでしょうか。

(遠藤局長)

近年の金融機関の営業のあり方、融資審査の実態を見ていると、格付けがある一定レベル以下の企業に対しては、初めから融資対象にしていないのではないかという懸念があります。つまり、金融機関が金利競争してまで融資したい企業とは、担保・保証が十分にある企業か信用力が高い企業に限定され、担保・保証がなかったり、信用力の低い企業は、たとえ将来性が見込まれ、地域における重要性が認められても、融資対象から排除されている可能性はないかというのが「日本型金融排除」の問題意識です。

例えば、ベンチャー企業への創業融資にチャレンジする金融機関や、経営改善状態にある企業がその地域になくてはならない企業だとわかっていても、その企業の再生に経営資源や労力を割いてまで新規融資をしようとする金融機関は少ないのが実態ではないでしょうか。金融機関内で、格付けが一定以下の企業に対しては、積極的に融資をしないという方針をあらかじめ決めてしまい、企業の実態をきちんと見て融資の可否を判断するという当たり前のことができていないのではないでしょうか。そのような日本型金融排除の仮説を検証したいと考えています。

<澁谷>

私も日本型金融排除は存在すると思います。信用力の高い企業に融資が集中しており、金融機関が企業の将来性、持続可能性を見極めて融資をすることができないために、担保・保証に依存する融資が増えていると思います。

(遠藤局長)

リレーションシップバンキングの拡がりの中で推進してきた担保・保証に依存しない融資とは、企業や経営者のあり様とその将来性を見極めて、つまり事業性評価を行って融資判断をすることです。

信用金庫や信用組合のような小規模な金融機関と議論していると、とても工夫して担保・保証に依存しない融資をしていると感じることがあります。信金信組は、協同組織として営業区域が限られ、顧客(=会員)も限られています。顧客が属する様々なコミュニティに金融機関がしっかりと入り込み、顧客からの信頼を勝ち得ています。顧客の信頼を勝ち得ているからこそ、自分たちの目利き力に加え、コミュニティから様々な情報が入るようになります。 例えば、コミュニティ内の一員から美容院を開設するために融資をしてほしいという相談が信金信組にあったとしましょう。コミュニティの他のメンバーから「借入申込人はかくかくしかじかで、信頼のおける人。彼女の経営する美容院ならぜひ利用したい」といった話を信金信組が聞いたとします。こうしたコミュニティ内の話は、極めて信頼性の高い情報ではないでしょうか。

ひるがえって考えてみると、不動産担保は当てになるのでしょうか。不動産はその価格が上がる時もあれば下がる時もあります。また、不動産を保有していることはその人の信用力とは無関係です。人の信用力や経営力というものは、コミュニティの中で、その人がどれだけ信頼を勝ち得ているかに端的に表れると思います。もちろん、金融機関が地域のコミュニティに入ったからといって、簡単に情報を得られるわけではないでしょう。金融機関自身がコミュニティの中で、真に信頼を獲得していなければなりません。 銀行は、信金信組の取組みを見習うべきだと思います。しかし、現実には銀行が信金信組モデルを真剣に検討することはあまり行われていません。経営トップの決断次第だと思いますけどね。

<澁谷>

地方銀行の支店長でも、地域のコミュニティには十分入っていけると思います。実際に経営者しか入れないコミュニティに、地方銀行の支店長が入って上手に取引してケースは存在します。しかし、金融機関にも支店長や担当者が、すぐに転勤になってしまうという事情もあり、コミュニティ内で中々信頼を得られずにいるという実態もあるのではないでしょうか。

(遠藤局長)

仰る通りです。昨事務年度、企業が金融機関をどのように見ているのかに関して、ヒアリング調査を実施しました。その中で、多く出た意見の一つが「せっかく支店長との間に信頼関係を構築できたのに、すぐに転勤してしまった」という声です。このような意見が多数聞かれるのであれば、金融機関も考えるべきです。苦労して醸成した信頼関係を捨てて、支店長や担当者を転勤させることは、実に勿体ないことです。職員の転勤には、コンプライアンス上の要請があることも理解していますが、地方銀行であれば県内の転勤がほとんどであるはず。仮に支店長や担当者が転勤したとしても、転勤先から当該顧客を継続担当することや継続支援することが可能ではないかと思います。人事ローテーションのあり方は、リレーションシップバンキングの観点から、じっくり検討しなければいけない課題の一つですね。

<澁谷>

これからは、金融機関の人事制度や組織体制も見直していく必要がありそうですね。

(遠藤局長)

若手・中堅行員のやる気を引き出すために、何が必要であるのかも真剣に考える必要があります。銀行業務の基礎を学ばせるために、新入行員は一旦支店に配属するのが常識ですね。もちろん新入行員の時期に内部事務やビジネスフロー一般を学ばせることは、銀行員の基礎を磨くためにも必要なことです。しかしながら、支店でノルマ営業をさせることによって「本当に自分はお客さまのための仕事をしているのだろうか」と疑問を抱いて辞めていく若手行員がいるのも事実でしょう。本当にこれでいいのでしょうか。 地元の学校を卒業し、或いは都会からUターンし、地域のための仕事をしたいとの情熱をもって、地域金融機関に入ってきた若手を、例えば地方創生部にいきなり配属するのはどうでしょう。喜んで地域企業の訪問にまい進するのではないでしょうか。先輩を見習って業務を行っていけば、金融機関の基本動作は支店でなくても学べるのではないでしょうか。 金融機関職員がそこで働く面白さを感じることができれば、金融機関全体の業務も好循環に入るでしょう。ヒトがすべてです。職員が生き生きとやりがいをもって働ける組織を作り上げてほしいですね。

事業性評価

<澁谷>

事業性評価に関して、金融機関から「事業性評価の定義は何であるのか」といった質問がよく出ると思いますが、事業性評価についてお聞かせください。

(遠藤局長)

業務説明会で各地域を回りました。どこに行っても、例外なく「金融庁は事業性評価をどのように定義づけているのか」といった質問を受けます。私からは、「金融庁がお示しする定義はありません。自分の業務の実態にあった事業性評価の定義をご自分でお決めください。その定義に基づいてベンチマークに掲げられている取組み実績をご報告いただければいいのです。」と回答しています。金融機関の自主性、創意工夫を発揮していただくには、金融庁が様々な概念について下手な定義づけをしない方がいいと思います。そちらの方が金融機関の負担も少なく取り組みやすいのではないでしょうか。

今どこの金融機関を訪問しても、事業性評価に積極的に取組んでいるという説明を受けます。典型的には事業性評価シートといった分析シートを作成し、数千社の事業性評価を実施したという報告ですが、事業性評価は単に事業性評価シートの空欄を埋めることが目的ではありません。

金融機関が事業性評価を行った上で、自分たちの顧客と対峙して、企業や経営者の悩みや課題を共有し、それに対する提案を実施していくことが大切です。事業性評価とは、企業の付加価値向上、生産性向上を最終目的とするためのツールに過ぎません。事業性評価シートを何社分作成しましたと報告をしてくる金融機関が多くありますが、それは単にツールを積み上げただけです。その先を極めてほしいですね。

<澁谷>

金融庁は事業性評価に関して、金融機関からどのような答えが返ってくることを期待しているのでしょうか。

(遠藤局長)

金融機関は、事業性評価に対して何がしかの数字を示したいと考えると思いますが、その前に、今なぜ事業性評価が必要とされているのか、そもそも論をもっと考えてほしいですね。例えば、「全支店の全取引先、計何社分の事業性評価を行いました」と報告してくる金融機関に対し、我々から「それによって何が変わりましたか」と問いかけると、何も答えられないことがあります。事業性評価の真意が金融機関によく伝わっていないのではないかと心配してしまいます。金融機関には、ぜひ事業性評価の先にあるものを考えていただき、事業性評価はあくまでもツールであるという認識を持ってほしいと思います。金融機関が、自分たちの顧客と向き合って、企業の付加価値向上、生産性向上を図ることが、地域経済の活性化に繋がるということをもっと理解してもらいたいです。その上で、各金融機関が強い意識を持って、事業性評価の定義づけを自分たちで行い、取り組んでいくことが重要です。

<澁谷>

弊社が主催する「地方銀行フードセレクション」で、銀行員が取引先の企業と一緒になって、企業の販路拡大に取り組んでいくことも事業性評価の一つではないでしょうか。私自身も経営者の志や人柄、人望などを事業性評価の一つだと考えて、日々行動しています。金融機関も、事業性評価をなぜ実施するのかということを、もっと考えて業務に取り組むことが重要ということですね。

(遠藤局長)

澁谷さんがお話されたことも、当然事業性評価の一つです。金融機関の職員が、高い志をもって、自分たちの顧客と対話することが重要であり、企業の経営者から「支店長と話をすることで、新たにこのようなことができた」と評価されるケースをいくつも作っていきたいですね。

金融仲介機能のベンチマーク

<澁谷>

金融機関は、今回のベンチマークをどのように活用していくべきなのでしょうか。

(遠藤局長)

各金融機関はベンチマークの中から、自己のビジネスモデルを説明する上で有益なものを選択し、それを活用して自己のビジネスモデルを評価し、積極的に顧客に向けて公表してもらいたいと思っています。自己評価と公表が第一であり、金融庁との対話はその次に来るものです。また、今回提示した55項目のベンチマークの中に、自分たちのビジネスモデルと照らし合わせたときに合致するベンチマークがない場合は、独自のベンチマークを金融庁に示してほしいと思います。

<澁谷>

金融機関はベンチマークを使って、ビジネスモデルを自己評価し、自分たちの顧客や金融庁にアピールしてくださいということですね。

(遠藤局長)

各金融機関のビジネスモデルを特定のベンチマークの型にはめ込んで、ビジネスはかくあるべきだと言うつもりはありません。今回提示したベンチマークは、金融機関にとって自己検証のスタート地点と捉え、ビジネスのあり方について色々と考えてほしいのです。ベンチマークは金融機関にとって有益なだけではなく、我々金融庁にとっても金融機関と深い議論をするための有用なツールだと捉えています。ベンチマークは、検査マニュアルにおけるチェック項目のようなものではありません。金融機関の目線に沿った議論が何といっても重要です。そのために、金融機関のベンチマークに関する説明はしっかり聞きたいと思います。「今回の金融庁との対話は非常に有益だった」と受けとめてもらえるような取組みを目指しています。

<澁谷>

今回の金融行政方針の転換により、金融庁自身も試される立場にあるということですね。

(遠藤局長)

その通りです。今、金融機関からの報告に基いて、ベンチマークの集計をしていますが、その集計結果をもとに、金融機関とどのような対話ができるのか、内部で検討しています。ベンチマークを材料にした対話を成功させるには、我々の側も十分な知見と見識、バランス感覚などをそなえ、かつ十分な準備の上、臨む必要があります。これまで金融機関へのヒアリングというと、地方の財務局に一任していることが多くありましたが、今回は財務局に一任できるレベルの議論ではないと認識しています。金融庁内の研修トレーニングにおいても、ベンチマークの議論がしっかりできる人材を養っていく必要性があります。また金融機関とは継続的にお互いにとって有益な対話ができるような組織体制を確立することが重要だと思っています。

地域金融機関の持続可能なビジネスモデル

<澁谷>

地域金融機関の持続可能なビジネスモデルについては、どのように考えているのでしょうか。

(遠藤局長)

低金利状況が長期間続いており、金融機関の資金利益は縮小し続けています。短期金利は引き続きマイナスであり、海外動向も米国の新政権移行に伴い、リスク・オン、オフの動きは見通せません。金融機関は現在の経営環境が劇的に好転するシナリオはないのだと覚悟を決め、そのようなな中で今後のビジネスモデルを深めていくことが必要です。金融庁は地方銀行のビジネスモデルはこうでなければならないと決めつけるつもりはありません。

<澁谷>

地域金融機関は、どのようなビジネスに取り組んでいくべきなのでしょうか。

(遠藤局長)

今や、金融機関は単純な貸出だけでは十分な収益を確保できません。貸出はプラスαの業務であり、メインの業務は地域の顧客企業のコンサルティングというくらいの大きな意識改革が必要です。金融機関が顧客の相談に真剣に向き合い、対価としてコンサルティング手数料を受け取ってもよいではないでしょうか。これまでのように、広く事業を展開して金利や各種手数料を得るだけでは、持続可能なビジネスモデルとはいえません。「その地域において、いかなる金融機関として存在するのか」という根元的な問題意識を強く持って、ビジネスモデルのあり方の検討を深めてもらいたいと思います。

<澁谷>

金融機関からは「金融機関が行うコンサルティングは無料だと思っている顧客が多く、手数料は取れない」という答えが返ってきます。

顧客が金融機関のコンサルティングは無料と捉えてしまう背景には、金融機関のコンサルティングに対する期待値が低いことがあげられるのではないでしょうか。

(遠藤局長)

その通りだと思います。かつては、顧客から預金を集め、集めた預金を貸出に回すだけで儲かる時代もありましたが、今はそのような時代ではありません。金融機関は、その地域でいかなる役割を果たしていくべきかをしっかり考えていく必要があります。金融機関の豊富な人材を活かして、顧客の輪の中に入っていき、様々なアドバイスを行い、ソリューションを実施していくことが、これからの地域金融機関のコアビジネスになると思います。

<澁谷>

金融機関が、自分たちの顧客の中に入り込んでいくことが重要なのですね。

(遠藤局長)

最後に一言。地域金融機関は金融庁を見て仕事をするのではなく、顧客を見ていただきたいと申しましたが、さらに他行を見て右に倣えで行動することもいかがなものでしょうか。頭取方にいつも申し上げているのは、周囲の銀行を見て行動するのではなく、自分たちの地域、自分たちの顧客を見据えたビジネスモデルを考えていただきたい。練りあげられた頭取の考え方は明確な形で行内の職員全員に伝え、職員全員が共有していただきたい。その上で、組織をあげて様々な施策が実行できるような体制を築いていただくことを強く期待しております。

<澁谷>

本日は貴重なお話をしていただき、ありがとうございました。

(2016/11/18取材 | 2016/12/08掲載)