TOP > インタビュー > 金融庁監督局 銀行第二課長 柴田 聡氏

これからの地域金融機関のあり方

聞き手:リッキービジネスソリューション(株)代表取締役 澁谷 耕一

<澁谷>

これまでのご経歴、及び金融庁でご担当されている業務についてお聞かせください。

(柴田課長)

私は岩手県の山間部に生まれ、高校は盛岡に下宿して通いました。大学を出て、平成4 年に大蔵省(現財務省)に入省し、金融庁が発足した平成12年から16年までの4年間、金融庁で課長補佐として勤務しました。平成14年から16年には監督局に所属し、銀行二課の総括補佐も務めました。その後、財務省主計局、在中国大使館、内閣官房等を経て、昨年、12年ぶりに課長として銀行二課にカムバックしました。

金融庁に初めて来た当時は、金融機関の不良債権問題が大きな経済課題となっていた時期でした。私は信金信組を担当する協同組織金融室と、地方銀行を担当する銀行二課に所属しておりましたが、当時は人不足で、主要行も含めた様々な案件に対応していました。

主要行に不良債権の直接償却を促す「金融再生プログラム」や、リレーションシップバンキングのアクションプログラムの策定に加え、平成15年には足利銀行の経営破綻・国有化も経験するなど、監督局時代の2 年間は非常に濃密でした。当時を経験した人は金融庁にもあまり残っておらず、今では数少ない「戦中派」の一人です。現在の経営環境は当時とは全く異なりますが、私は今でも当時を思い出し、緊張感を持って職務に取り組んでいます。

現在、金融庁で取り組んでいるテーマには「金融仲介機能の質の向上」や「日本型金融排除」など様々なものがありますが、それらの原点には、平成15年に打ち出したリレーションシップバンキングの考え方があると思います。 当時は、主要行とは異なるアプローチで不良債権を処理するべきだという考えのもとスタートしました。最近では、「地域金融機関のビジネスモデルの持続可能性」という観点での議論が中心になっていますが、地域金融機関が「地域の企業や経済に対して積極的な役割及び機能を発揮していくべき」という基本的な考え方は、当時から現在まで一貫して連続していると考えています。

あれから十年以上が経過しましたが、現状を見ると、これまでの取組みの成果が出始めている金融機関もあれば、今後取組みを強化していく金融機関もあり、取組みには差が出ていると思います。リレーションシップバンキングの取組みの成果が出るまでには相応の時間がかかるでしょう。

私は金融庁に4年間勤めた後、財務省や内閣官房でも地域経済活性化の仕事をしましたが、地域金融機関が自らの地域で果たすべき役割の大きさを改めて実感しました。地域金融機関は資金のみならず、人材・情報・アイデア等が集中する地域経済の中核的存在です。地域経済ネットワークの中心として、地域の企業に対して、資金供給面の支援のみならず、幅広い経営支援を行っていく役割が期待されています。

地域経済の活性化に向けて、地域金融機関はビジネスの立場から積極的に関与し、地域全体が発展する要の存在になってほしいと常々思っています。そうすることは、地域金融機関にとっても、地域の企業や社会にとっても望ましいことではないかとの考えをもって、私は現在金融庁での業務に取り組んでいます。

リレーションシップバンキングの成果が問われるのはこれから

<澁谷>

金融機関のリレーションシップバンキングの取組状況については、どのようにお考えでしょうか。

(柴田課長)

一言で言えば、道半ばの状況ではないかと思います。当時と比較すると、事業再生の取組みなどは格段に進んだと思います。エクイティ資金の供給も当時は皆無に近い状態でしたが、現在は多くのファンドが組成されています。しかし、まだ地域内で求められているニーズやレベルにまで達しているとは言えず、まだまだ課題は多く残っていると思います。

<澁谷>

地域金融機関には、地方銀行、信用金庫、信用組合とありますが、業態によって取組みに違いはあるのでしょうか。

(柴田課長)

地方銀行に関しては、長い時間をかけてじっくり取り組んできた銀行とそうではない銀行において、成果面でかなりの差が出てきていると思います。信用金庫や信用組合に関しては、各々で強固な経営モデルがあり、取組みは千差万別だと思いますが、非常にオリジナリティが高く、かつ営業スタイルが徹底しているところが多いと感じます。

<澁谷>

確かに信金信組は、地域に密着した個性的な取組みを行っているところが多いですね。

事業性評価の本質は「取引先とのコミュニケーション」と「課題解決」にある

<澁谷>

事業性評価を行い、融資する地域金融機関職員には、今後取引先との間でどのような対応や行動が求められるのでしょうか。

(柴田課長)

地方銀行の方々に事業性評価の取組みをヒアリングしていますが、「事業性評価」の本質は「取引先とのコミュニケーション」と「課題解決(ソリューションの提供)」にあるのではないでしょうか。取引先が置かれている状況や課題を的確に捉え、それを取引先と共有し、取引先が満足できるレベルでソリューション提供がなされているかどうかが重要と考えます。

金融機関の機械的、画一的な対応により資金調達に苦労している企業の中には、その事業の実態を正確に捉えれば、高い成長性が見出せる企業もあると思います。もし金融機関の支援により、企業の成長機会を実現できれば、取引先と金融機関の間には、非常に強い信頼関係が生まれてくるでしょう。全国には、そのような企業も数多く存在します。各金融機関で成功事例が積み上げられ、それらが組織内でも共有されるようになれば、現場レベルで良い取組みが浸透していくと思います。ただし、現時点でそこまでできている金融機関は多くはないのではないでしょうか。

<澁谷>

事業性評価とは、取引先を評価することが目的ではなくて、事業性評価をツールとして取引先と対話し、取引先に対する理解を深めていくことが大切なんですね。確かに、企業経営者から「ある銀行では新規事業に対する融資を断られたが、別の銀行が融資を実行してくれた結果、大きく成長しました」という話を聞くことがあります。

(柴田課長)

地域金融機関の経営陣の方々とお話していると、若い頃に現場で創業支援や事業再生などを経験された方が、経営陣になられて、強いリーダーシップのもと事業性評価の取組みを進められている事例に接します。そうした金融機関は、本部と現場の関係も含めて、全行的な仕組みをしっかり構築されていると感じています。事業性評価に対する取組みは、経営陣の先導力と現場への浸透度が重要なのではないでしょうか。

澁谷さんの仰る通り、誰も見向きもしなかった企業に対して、金融機関が早い段階から入り込み、事業の成長性をしっかりと評価した上で融資を実行し、成長を支援した事例はたくさんあります。こうした成功体験を組織内で共有することで、現場で働く金融機関職員の士気に繋げることが大切です。

取引先に喜ばれ、金融機関にとってもプラスになるような事例が組織内で共有され、「ぜひ自店でも取り組んでみたい」という動きが各現場で広がれば、自律的な好循環が生まれるはずです。私も岩手県出身なので実感を込めて思うのですが、地域金融機関に勤める職員の方々は、「地域のために」「担当しているお客さまの役に立ちたい」という志を持って入社した方がほとんどだと思います。その志に火がつくような取組みが各金融機関で広がっていけば、真に地域経済に根ざした安定した経営が実現されていくのではないかと考えます。

地方創生のポイントは地域金融機関と自治体の連携

<澁谷>

地方創生において地域金融機関が果たすべき役割についてお聞かせください。

(柴田課長)

地域金融機関に対して「地方創生」と言うと、本来自治体などの行政がやるべきことを地域金融機関にやってくれと言っているように誤解されるケースがありますが、我々が言いたいのは、そのようなことではありません。

地域金融機関は民間企業ではありますが、同時に地域経済の中核を担い、地域経済のあらゆるネットワークを繋ぐハブ的な存在です。そうした立場から、自治体等の関係機関とも連携して地域経済の活性化に貢献すべきではないかと思います。

国や自治体は、地域金融機関のようなきめ細かいネットワークは持っていません。地域金融機関が連携に加わることで初めて、地方創生の政策効果が隅々まで浸透すると思います。その意味で、生きた情報を持った地域金融機関が、自治体等ともしっかり連携・協力を図りながら、自らのネットワークも活用して、積極的に地域経済に貢献することが、地方創生の成否のポイントになると思います。

<澁谷>

私も双方で地方創生に関するお話をしますが、同じ県でありながら、金融機関と自治体の連携が非常に図れていると感じる地域もあれば、一方で互いに異なる取組みを行っていると感じる地域もあります。

(柴田課長)

行政からすれば、金融機関は敷居が高いと思っている部分もあるようで、双方のコミュニケーションがしっかりと図れていないケースは多いと思います。仮に私が首長であれば、地域金融機関との連携は非常に重要な取組みとして最優先で取り組むと思います。行政からも地域金融機関に対して、もっと積極的にアプローチをすれば、それに応じる金融機関も多いかもしれませんね。行政と地域金融機関が様々な分野で連携していくことが、結果的には、地域住民や地元企業のため、ひいては地域経済のためになるのではないでしょうか。

持続可能なビジネスモデルとは地域と共にどのように栄えていくか

<澁谷>

持続可能なビジネスモデルは、どのように構築していくべきなのでしょうか。

(柴田課長)

持続可能なビジネスモデルを具体的にどのように構築するかは、まさに各地域金融機関の経営戦略次第だと思います。オリジナリティの高い独自のビジネスモデルを構築されている金融機関もあれば、従来は比較的リスクが高いと敬遠されていた顧客層を徹底的に訪問して事業性評価を行い、一定の信用リスクも取りながら高い収益を実現している地域金融機関もあると思います。

最近、地域金融機関同士の経営統合が相次いでいますが、経営判断における選択肢の一つであると思います。金融業はシステムや店舗などの固定費が大きく、経営統合による規模の経済性のメリットは大きいと考えられます。地域内で総合的な金融サービスを維持していこうと考えた時に、経営統合によって経費効率化を実現することが、持続可能性を高める上で有効な場合も多いと思います。ただし、その際には、経営統合によって生じた経営資源を、顧客や地域経済にしっかり振り向けていくことが重要と考えます。

不良債権処理の時代の経験からしても、地域金融機関の経営が不安定化すれば、地域経済に与える影響は甚大なものがあります。「持続可能なビジネスモデル」と言うと、金融機関単独の課題として印象を持たれがちですが、これは「地域経済の安定」そのものも意味していると、私は思っています。地域金融機関が持続的かつ安定的な経営を行うことは、地域経済の安定、さらには地域金融機関に預金を預ける地域住民の安心にも繋がります。結局、地域金融機関の「持続可能なビジネスモデル」とは、その経営基盤である地域と共にどのように栄えていくかということに尽きるのではないでしょうか。

地域金融機関が不安定な状態になれば、地域の方々は安心して生活や事業活動ができません。その意味で、地域金融機関の皆さんには、将来にわたって、どのようにして安定した経営を維持していくのかを、自らの社会的責任として真剣に考えていただき、当局としても、地域金融機関のそうした自助努力を応援していきたいと思います。

(注)文中の意見はあくまで個人的見解であり、金融庁の公式見解ではありません。

柴田 聡(しばた さとる)
1969年岩手県生まれ。92年東京大学経済学部卒業。大蔵省(現財務省)入省。96年スタンフォード大学修士。
金融庁副大臣秘書官、同監督局総務課課長補佐、銀行第二課総括補佐、財務省主計局主査、在中国大使館参事官、内閣参事官(内閣官房副長官補室)等を経て、2016年6月から現職。

(2017/06/05取材)