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五味廣文 金融庁長官 インタビュー

金融庁は現在、我が国経済の安定化・円滑化のため、より強固な金融システムの構築に取り組んでいます。
また「貯蓄から投資へ」の流れのなか、民間金融機関等に対する厳正な検査・監督、証券取引等の監視を通じ、証券市場の構造改革や利用者保護の強化を推進しています。 このような中、金融庁の五味廣文長官に、銀行のコンプライアンス体制に対する評価、地方銀行の地域に果たす役割等についてお話をうかがいました。
またこれからを担う若い銀行員たちに対する期待感や、銀行で働くことの社会的意義についても力強いメッセージをいただいています。

金融庁の消費者保護への取組みと銀行のコンプライアンス体制について

(澁谷)

金融庁は、金融機能の安定化・円滑化と金融分野における消費者保護に日頃から貢献されているわけですが、現在銀行は資金収益が縮小していく中で、役務収益の拡大ということで投資信託や年金保険、デリバティブ等のリスク商品の販売を積極的に行なっております。
最初の質問ですが、このような状況下で、金融庁が昨年、今年と銀行や証券会社に対し、業務改善ないしは停止命令を発動したケースが出ております。現在の銀行の公共性やコンプライアンスの遵守状況について、長官はどのようにお考えになっていますか。

(五味長官)

不良債権問題が正常化したのを受けて、銀行に対しては金融マーケットの活力増進を要請しようということに転換しました。まず、一番力を入れているのは一般利用者の側についてです。消費者の方々ができるだけ多様な金融商品を、できるだけ多くのチャネルでアクセスできることを目指して規制の緩和をどんどんしているわけです。それが、恐らくたまたま今おっしゃいましたように、各銀行の現状からいって、役務収益の拡大あるいは収益の多様化を目指すという方向と一致したということで、急速に銀行の方で、新しい商品の取扱いが進んでいるということだろうと思います。
金融庁、行政当局はもちろん規制緩和を行っただけではありません。規制緩和を進めますと、当然消費者がこれまであまり接してこなかったような商品にも幅広く接することになりますので、規制の体系を組み替えて同種の商品については同種の消費者保護策を講じてきました。どの業態の金融機関が取扱っているかということではなく、同じ商品であればどの業態で取扱われても同じ消費者保護策を講ずるという、規制の組み替えをしているわけです。
ところで、新たな金融商品の取扱高がどんどん伸びている銀行において、顧客保護という視点から、こうした新しい商品を扱う体制が十分に整っているか、あるいはそれが機能しているかという点を見ますと、ちょっとまだ課題があります。それは現実にやはり行政処分という形で、体制整備を命ぜざるをえないケースも出ていることに表れていると思います。
銀行はこれまでモノカルチャーで、基本的には預金という商品しか扱ってきませんでした。預金というものは、ご承知のように確定利付きで、元本保証があって合同運用だということですから、一番金融商品の中では安全度が高い商品です。
そういうものしか扱ってこなかった銀行が、今後例えば元本保証はあっても、利息が確定利きではなく変動であるとか、あるいは元本保証自体がない商品も扱い、銀行の選択によっては個別の株式の売買もできるようになっているということです。そうなると合同運用ですらないわけですから、これまでの預金に比べると大変にハイリスク・ハイリターンのものを扱うことになるわけです。これを消費者に、適切にどういう商品であるかを説明する体制を整えることは、とても大事なことだと思います。
それに、今まで文化として慣れていないところに一つの問題があるのだろうと思いますが、そういう弱点が逆に強みの裏返しでもあると思うのです。というのは、そもそも銀行は損をさせるようなことをしない、非常に安心な場だというコンセプションが、お客様にはあるわけですから、投資信託でも証券会社に買いに行くのに二の足を踏んでいた人が、銀行には買いに来てくれるということもあるのです。信頼に支えられてこれまでやってきた業界ですから、それを自分の長所としてとらえ、それを壊さずむしろ活用するという積極的な視点で、行員の皆さんの意識の改革や実際の説明義務履行のための訓練といったことに力を入れていただくことが大事だと思います。

(澁谷)

やはり銀行が長年培ってきた信用、信頼というものをベースに、その強みを生かして預金者の皆様により多様な金融商品を提供していくことが非常に大切であり、銀行はその窓口として期待されているということですね。

(五味長官)

そうですね。伝統的に、銀行といえば信用を支えるという仕事をずっとしてこられているし、これからもそうだと思います。その裏返しとして、国民からの信用に支えられているところがあるわけですから、ここを大事にしなければいけません。もちろんそこで逆に失敗すると、本来の信用自体を失ってしまう恐れがありますので、まだこれからという新しい分野で行った小さな失敗が、もっと大きな、銀行全体を支えている信用に悪い影響をもたらすようでは元も子もありませんから。経営陣だけでなく、個々の行員さんも、大いに意識して努力してもらわなければいけないところです。

(澁谷)

店頭で販売されている商品が多様化して複雑化してくると同時に、それに伴う説明責任がありますので、銀行でもそのための研修、セミナーを一生懸命やられて、リスクをきちんと消費者の皆さんにご理解いただけるような努力をされているということだと思います。

(五味長官)

そうですね。それから、行員の方にぜひ意識していただきたいのは、お客さんが求めているものは何かということをよく聞き取ることです。説明は当然申し上げなければいけないでしょうけれど、そもそもどういう金融サービス、あるいはどういう資産運用をお客さんは欲していて、銀行に何を求めて来られたのかということを正しく把握することです。また、何か商品をお勧めしているやり取りの中から、「この人が一番求めているものは、もしかしたら別のものかもしれない」というところをきちんと汲み取って、それに合った商品の提供と正しい説明をすること、これはとても大事だと思います。
商品内容のうち、「ここがこの商品の売りですよ」という説明は、もちろんちゃんとしなければいけないわけですが、逆に「そのかわりにこういう点が注意点ですよ」という、チラシやパンフレットでは小さい字で書いてある部分の説明を銀行の方は慣れていないようです。そういった部分の内容を、きちんと相手が理解しているかどうかを確かめて説明してあげることが大切です。商品を売るためのチラシですから、そこはいろいろデザインがあると思いますけれど、やはり実際にご説明なさるときは小さい字で書いてあるところほど注意して、そこは絶対に説明漏れがないようにすることが大事です。もともと銀行のお客さんはリスクというものに慣れていない方が多いわけですから。

(澁谷)

また、一方でそのような金融商品は法人に対しても販売されているようですが、そのとき銀行の貸し手という立場を考えると、企業経営者としては融資を引き上げられると困るということもあって、やむなく購入しているというような優越的地位の問題があり、個人の方のお取引とは違った面もあるのではないかと思います。

(五味長官)

今まで申し上げたのは、もっぱら一般消費者の方で、主に預金者という立場の方との関係ですけれども、銀行は資金の貸し手として企業等のお取引先企業があるわけで、こういう方との間で金融サービスの提供、資金運用手段あるいはリスクヘッジ手段を提供なさる時は、これこそ本当にニーズがあるかどうかをきちんと確認する必要があります。
もちろん以前優越的地位の濫用として問題になったようなデリバティブ取引を実際に必要としているお取引先企業はたくさんいるわけです。問題はその売り方が正しかったのか、あるいは相手のニーズが本当にあるのかを確かめたうえで販売したのかどうかということにあります。相手が本当に必要としており、銀行としてもそれを購入していただいくことがお客様のためになるという判断がきちんとできる状態なのかどうか、そこをよく検証して商売しなければいけません。
優越的地位については、貸し手と借り手がいれば、それだけで貸し手側が優越的地位にいるわけです。対等の立場の人が、何かちょっとした違いを強調して優越的地位を主張する場合とは違い、銀行と借り手という関係では、一言間違ったことを言っただけで優越的地位の濫用ということになってしまうのです。ここは本当によく注意して、借り手の企業にとって本当に必要なものなのかどうかということを、必ずチェックしなければいけません。

(澁谷)

預金者から見ると、やはり自分のニーズ、ライフプランに合ったものかどうかということがありますが、企業が借り手の立場ですと、より優越的地位の問題になってしまいがちなので、それに注意することが必要ですね。

(五味長官)

それは本当に必要です。向き合っただけで優越的地位にいるのですから、それは気をつけないといけない。裏返すと、われわれ当局も銀行との関係では、当局であるというだけで優越的地位になりますから、検査とかいろいろな話し合いをするときは、気をつけて法律に則ってやらなければいけません。

(澁谷)

お客様のニーズを正しく把握して、今提供しようとしているものが本当に必要とされている最適な商品やサービスなのかどうかということを、きちんと見極めるコミュニケーション能力が非常に大切ですね。

(五味長官)

大切だと思います、おっしゃる通りです。

地方銀行の地域に果たす役割について

(澁谷)

次に、金融庁は地域密着型金融の機能強化ということに取り組んでおられます。各地方金融機関はアクションプログラムを掲げ、成果を上げていらっしゃると聞いておりますが、現在地方銀行は第一地銀が64行、第二地銀が47行ありますが、メガバンクが統合されて集約されたなか、今後地方銀行が地域にとって果たす役割や、企業と銀行の関わり方について、長官はどのようにお考えですか。

(五味長官)

大手行も収益を求めて、地方の企業融資にも積極的に参入して、競争が激化しています。当局としては、競争があること自体は結構なことであると思います。大切なことは、競争の中で自分の強みを本当に活かして、将来も持続的に地域の経済を支えるという視点で、有効な金融仲介機能を提供できるかどうか。ここのところで、ぜひ競争してもらいたいと思うのです。単に金利が高い、安いというところだけの競争では、いずれ不幸な結果をもたらすことがありうると私は思っています。
そのために核になるのは、地域金融機関なのです。地域金融機関でなければ持っていない競争力というものが、地域経済の中ではあるわけです。それは安い金利を提供するという意味での競争力ではなく、やはり情報力の戦いです。地域金融機関というものは、その地域の経済やさまざまな実情を一番よく知っているわけですから、そこは主要行の視点とは訳が違うのです。集積がありますので、そういう濃密な人間関係なり取引関係、そして長期にわたる関係に基づいた情報力というものを地域経済のためにどう発信していくか。それによって、地域経済を振興していくというこの視点での競争力を、おおいに発揮していただく必要があると思います。地域密着型金融とは、まさにそれを言っているわけです。
それは、多少高めの金利を払うに値するものであるということを、地元の利用者の方に納得していただけないとだめなのです。そこに重点を置いて、例えば銀行の経営方針なり融資方針なり、あるいは銀行としてどのような企業文化の下に活動しているのかということを、地域の皆さんに存分にアピールする。かつ個々の取引において、相手先、借入先の将来像のイメージを描きながら動態的に判断をする必要があります。現在、要注意先かどうかということではなく、この取引先が将来にわたって健全な企業として、地域経済に貢献してもらえる存在になっていくためには何をするべきか。そのための情報を提供して、育てていくという活動をぜひやっていただきたいと思います。
それができていれば、価格競争で多少不利であっても、地元から選ばれると思います。そのことが地域経済にとっておそらくハッピーな結果をもたらすのです。この点を、十分に認識していただきたいと思いますね。

(澁谷)

従来、金融機関は借入を申し込みに来た企業の内容を審査して貸すという姿勢でした。今長官がおっしゃったのは、自分から情報を発信し、アピールして理解してもらうということが大切であり、自分の銀行はどういう銀行で何が強みなのかということを知ることが、その前提になければならないということですね。

(五味長官)

私はそう思います。地域密着型金融のアクションプログラムの中では、銀行ごとに地域密着型金融推進のための計画を作って公表してもらっています。そういう作業の中で自行が目指すものや自分達の一番の強みは何かというところを、地域住民あるいは取引先に問うわけです。そうすると必ず反応があるはずですから、その反応を読み誤らないことです。「いや、こういうことを期待しているのだ」と。できることもできないこともあるでしょうけれど、そうやって双方向の対話を地元とする。そこから個々の債務者の方とも当然ですが、もう少し大きな地元の経済界や一般消費者の方の皮膚感覚みたいなものをきちんと汲み取って、それを経営の改革に活かしていくということが大事です。対話がないとうまくいかないです。

(澁谷)

問いかけと、それに対する反応、双方向の対話を将来の経営に活かしていく。

(五味長官)

それが大事です。地域銀行の場合にはそれがまた蓄積されますから。支店長が仮に代わっても、同じ地域、同じ銀行の中にその方はおられるわけですし、また戻ってこられることもある。あるいは、それから経営の中枢に上がったからといっても東京へ行ってしまうわけではなくて、地元におられるわけですから。こういう集積の力を、銀行全体で溜めていくということでしょうか、それが大事だと思います。

(澁谷)

今までの銀行は、過去から現在までのところで財務分析をして、安定性というか償還可能性みたいなところを見て貸していきますが、長官がおっしゃったのは、将来にわたって地域とともに歩む、そして企業も発展していくという、未来志向で共に考えていくような姿勢が大切だということですね。

(五味長官)

私はかねがね、この点は地域金融機関だけではなくて、主要行でも全く同じだと思っています。取引先企業が現在どういう状況にあるか、これはもちろん財務諸表を作るのに必要ですから正確に把握しなければいけませんが、それは最低限のことです。大事なのは、その取引先が将来どういう企業になっていくかということを、さまざま自分が持っている情報から分析し、今何を取引先に提案する必要があるか、あるいは取引先のリスク管理をしていくうえで銀行はどこにもっとも注意しておかなければいけないか、そういうことを分析することなのです。財務諸表を作るための債務者区分などは、それはそれとして、もっと動態的にダイナミックに将来を見ていく。
銀行でなければ持っていない情報もあります。例えば、銀行は調査部を持ち、ある債務者が属している業界全体や地域経済が、今どのような変化のトレンドの中で動いているかを把握しようとしています。また、中央から大企業や大規模店舗等の競合の進出の計画があるのかないのか、そういうことが個別の地域の債務者にとって、どういう経営上の影響をもたらすのか。それらを見越したうえで、今手を打つとしたら何をしなければいけないのか。今正常先である債務者が、将来とも正常先であり続けるためには、そのまま放っておいていいということは絶対にない。要注意先をランクアップさせることは、リレーションシップバンキングでも積極的に取り組まれていますが、もっと大事なのは正常先を正常先であり続けさせるための戦略なのです。
そういう意味では、これからは「不良債権問題」ではなく「正常債権問題」で、その能力の有無が勝敗を分けることになるかもしれないと思います。

(澁谷)

そうすると、いわゆる情報力の弱い中小企業に対しては、銀行は自らの情報ネットワークを使って、先を見越したアドバイスや情報提供をするべきだということでしょうか。

(五味長官)

おっしゃる通りです。

(澁谷)

金融機関は違った視点から経済、地域全体や業界を見ていかなければいけない。

(五味長官)

ちょっと冷めた目で見ることができるはずですね。経営の規模も、それなりの大きさを持っているわけですし、あるところで業績不振の企業が出たとしても、一方で発展している企業もある。そういう意味で、少しマクロで物事を見ながら戦略を立てて、それをまた提案していくゆとりがあるはずです。

(澁谷)

長官がおっしゃったように、やはり地域によって、かなり地域性や課題が違ってきて、銀行による個性の違いのようなものがこれから必要になってくるということでしょうか。

(五味長官)

統計上はやむをえず地域金融機関平均の不良債権比率を発表しますが、本来合算することがいいかどうかという問題をいつも感じます。営業範囲としている地域経済の特殊性や現状というものは、地域ごとに相当に違いますから。
そして、その地域の中で経営するという銀行の宿命からすれば、その地域経済の現状に応じた経営をしなければならないわけです。一概に不良債権比率や預貸率が平均と比べて高いとか低いとかいっても意味がない。問題はどうしてそうなっているのかであり、そのような前提の下で、将来を見越した経営戦略をどう立てておられるかというところが大事です。個性が大事です。
リレーションシップバンキングの計画についても、ときどき「何を求めますか」とインタビューなどで聞かれると、私は必ず「個性です」と答えます。それに尽きるということです。経営基盤となっている地域と自行の特性というのをよく知り、そのうえで立てるリレーションシップバンキングの計画はおのずと違ってくるはずです。

(澁谷)

そうですね。長官に話を伺って、私も中期経営計画やアクションプランは、地域に対する問いかけであることがよく分かりました。それに対して、地域の消費者の皆さん、企業経営者が言っていることを汲み上げて経営に活かしていくことで、個性的な銀行、選ばれる銀行になっていくという流れですね。

(五味長官)

そうですね。

(澁谷)

金融庁はいわゆる監督機能だけでなく、銀行の進むべき道の方向づけのようなことも、アクションプログラムといった施策の中で打ち出されているということですか。

(五味長官)

それはもちろん個々の銀行の経営判断の問題になります。全国レベルで今どういうことが起こっているかということも一種の情報なのですが、そういう集積された情報を、ある程度各銀行の個別の計数まで立ち入ったところで集積できているのは当局ですから、そこから読み取れる、銀行が将来何を目指すべきかあるいは今何に気をつけるべきかというメッセージは、当局の責任として出していかなければいけない。そういうことだろうと思います。

(澁谷)

分かりました。2番目の質問とダブルところがありますが、金融のグローバル化、郵政や政府系金融機関の民営化など、銀行を取り巻く状況は激変しています。今後、顧客である消費者や企業経営者から選ばれる銀行となるため必要な機能には、従来の資金仲介機能だけではなく、先ほど長官がおっしゃられたような情報提供機能というものがありますが、その他にどのような役割や機能を果たしていくべきでしょうか。

(五味長官)

まあ、どうしたら選んでもらえるかということは、それこそ経営者なり行員の方が考える話ということが前提になります。私はあまりあれこれというより、資金仲介機能という基本の部分を、銀行で働く方一人一人が掘り下げて認識をして、それを一つ一つの取引に誠実に活かしていくことだろうと思っています。金融ですから、適切な管理の下でリスクを取ってくれる人がいないと、お金の融通がうまくできないということなので、その意味で銀行が果たす役割は、まさにリスクを取って管理することに尽きてくる。
資産運用主体型であれ資金調達主体型であれ、そのお客様の持っているニーズをこの資金仲介のメカニズムに乗せていく。そのときに銀行が持っているリスク管理能力を最大限に活かすということです。それによってできるだけ効率的に、資金が必要とされるところに回っていってその効果を発揮する。それが地域経済なり国の経済を向上させていく。この大きなメカニズムの中に、一人一人のお客さんの持っているニーズをうまく乗せて、最大限の付加価値をつけていく役目を持っていることを、誠実に認識をして努力している銀行は選ばれると思いますね。
もちろん、預貸業務だけではなくいろいろ多様な商品を使うこともあります。それから当然のことですが、顧客を大事にするという視点から、お客様の属性や商品の特性に合った説明をきちんとして対応していくことに、私は尽きるような気がします。選ばれるために必要なことは、やはりそういう意味での信用だと思います。

(澁谷)

お客様に対して、誠実に対応する姿勢ですね。

(五味長官)

法律的には善管注意義務と、管理責任みたいなものがいわれますけども。やはりお金というものは、預ける人にとっても借りる人にとっても大変重要な意味を持ちますから、そのお金を精一杯働かせるための道具として銀行はあるということを、よく認識してやっていただくことだと思います。

(澁谷)

今おっしゃったように、各銀行はリスク管理能力を発揮し、資金をどこに振り分けていくかという資金仲介機能を果たす場合に、誠実にお客様のニーズを吸い上げて対応していくことが、非常に大切であるということですね。

▲ 五味長官はマリリン・モンローがお好き!

(五味長官)

リスク管理能力ということに関連して、地域密着型金融においては担保保証を過度にとらないということが求められますが、過度には依存しないけれど担保も保証も当然必要な保全手段です。ただ担保を取るなら取るで、今まで担保として取りにくいとか取っていなかったもので、実は保全手段として有効なものがあるのではないか、そういうことをその取引先の特性に応じて、前例やこれまでの当局とのやり取り等にとらわれずに、一歩踏み出して考えてみるということです。
売掛債権担保融資だけでなく動産担保融資というのも始められていますが、最初にやった人はなかなか勇気があると思います。しかしよく工夫すればそれが担保としての機能を果たすことがあるわけです。もしそれでちょっと不備な部分があるとして、それが規制上の問題であるなら当局に言っていただければいいし、技術的な問題であれば動産担保に詳しいコンサルティングファームへ相談を持ちかけてみるとか。
動産担保なんて千差万別ですから、同じ手法がすべてに適用できるわけではないのです。でも、その土地の特産品とか、「これを担保にできたら、ずいぶん資金調達がしやすくなる」というものがあると思うし、お客さん側からも「これはだめですか」という話があると思うのです。そのときに、「従来やっていないから」とか「難しいから」ということではなくて、必要なら一歩踏み出してみるというチャレンジができるような体質を作っていけば信用も得られるし、機能を果たして選ばれると思います。

(澁谷)

動産でブタ、小松菜や笹かまぼこを担保に取るという例があります。今経営者の方は、銀行の支店長や担当者には、昔のように自分たちの企業の事業内容を深く理解してほしいと望んでいます。そういうことを考えると、今の動産担保というものは、銀行からも事業の流れ、サプライチェーン全体を見ることができるということで、お客様が望んでいることとぴったりくるという感じがします。

(五味長官)

そうですね。それはすごくいいポイントです。実際にお客様のビジネスの現場を見に行くなどして、経営している人の経営の仕方、例えばその方が牛を育てているのであれば、その人の牛の育て方や管理の仕方というところまで銀行は知っておくのです。そうすると、担保として大丈夫な牛と、「この人の牛は担保に取っても価値が低いぞ」と、同じ牛でも違いが出てくるわけです。そういうところは、やはり銀行側が取引先をよく知る、そのために骨身を惜しまず足を運んで話も聞き、実態も見せてもらう。
また、経営者の相談に乗った場合、アドバイスした結果がすぐに活きる経営者と活きない経営者がいるわけです。そうすると、銀行も付き合い方に差をつけないといけない。より気をつけた管理をしなければいけない取引先と、任せて大丈夫という取引先がいるわけですから。

(澁谷)

そういう見極めが、すごく大切ですね。企業経営者からは、昔は支店長も会社へ来てくれたものだが、最近では工場見学に来てくれないとか、外食でも店に食べに来てくれないという話を耳にします。銀行側としては忙しく、収益を追いかけるとなかなかそういう時間をかけていられないようです。

(五味長官)

ここのところ、ずっとリストラ、リストラでしたから。

(澁谷)

銀行の現場に人が足りないということになっています。
やはり事業の中に入っていり、動産担保などもうまく活用して、資金が流れる仕組みを研究し作っていくことを銀行はやらなければいけないですね。

(五味長官)

それに関連して、銀行の経営者の方に申し上げたいのは、そういった努力が活きるようにするためには、支店に対する権限の委譲を積極的に考えていただく必要があるということです。非常に苦しかった時期というのは、やはり本部に集中した管理というものが必要だったかもしれませんが、だんだんお金が回り始めるこういう時期には、できるだけ権限を分散して各支店の創意工夫、努力というものがそのまま実績に乗りやすい仕組みを工夫してあげてほしいと思います。困ったことに、本部では当局の方を向いていて、お客様の方を向いていないことがあります。自己資本比率を気にする銀行経営をしている方が貸出の稟議を見れば、できれば貸したくないという結論になってしまうわけですが、本来はそうではないはずです。
地元の経済の役に立つためのチャレンジをし、それを収益につなげていこうという視点で体当たりしていく人たちに、少しくらい権限を委譲しても、しっかりした内部管理体制があれば、現場が暴走するようなリスクはコントロールできますから、そこは一工夫していただきたい。
一方、内部管理体制は監査、検査の機能強化により整えることができます。そこでは、監査方針、監査基準、監査マニュアルなどを経営者の責任で定め、行員に徹底すること、質の高い監査要員を確保すること、そして監査、検査の結果を経営に生かすことが大切です。権限委譲と監査、検査の強化を、経営者の責任でパッケージで実施することにより、競争力と信認の双方を高めることができると考えています。
また、もちろんすべての銀行がそうだということではないですが、全般的な傾向としては、まだ中央に権限が集中しすぎているような気がしています。

(澁谷)

一つの県や地域といっても、その中に地域や支店の特性、例えば住宅街の中にあるとか港の近くにあるとか、様々ですね。ある程度権限を委譲していかないと、迅速な対応や貸出しができませんし、なかなか地域の事情を理解することはできないと思います。

若手銀行員に対する期待について

(澁谷)

最後に、今の若手銀行員の方や、これから銀行で働きたいという意欲を持った学生に期待することや、彼らに求められているものについてお伺いします。最近、若手銀行に員たちがせっかく銀行に入ったのに、志半ばといいますか、銀行で働く面白さを知る前の入行後3年ぐらいで辞めていくということを耳にします。そんな方々に何かアドバイスをいただけませんでしょうか。

(五味長官)

銀行の仕事というものは金融の基本です。当座、使い道のないお金を、使い道はあるけれど当座のお金がないというところへ融通する形で、それに伴う危険を管理していくという基本の仕事です。私はそれを「お金を働かせる」と呼びますが、お金が付加価値を生むわけです。だから、利息を受け取れたり払えたりするわけですが、この世の中を豊かにしていって、生活の選択肢を広げていくために、金融というものは本当になくてはならない基本のインフラストラクチャーであるわけです。この機能がなければ、世の中の豊かさは全く違ってくる。豊かとは金持ちであるかどうかということではなくて、生活の選択の幅が広いということです。そのためにお金を一番有用なところへ回してどんどん働かせて、それで付加価値を高めていくという基本の仕事をしているわけです。逆に言えば、そこで失敗があると国民生活全体が崩れる可能性のある、非常に重要な仕事だということです。
これは日々の営業活動の積み重ねでもちろん実現されていくわけですが、実際によく考えると、経済の一番基本になるインフラストラクチャーの部分ですから、理論的にも研究すればものすごく深いものがあるし、いろいろな方面にこの機能が広がっていくわけです。

▲ RBS代表 澁谷と
できれば、日々の業務だけではなく少し時間を取って、金融が学問的にどんなふうに位置づけられるのか、また金融の持っている機能がどういう広がりを持つのかということを、少し理論的・学術的に勉強する時間というのを持っていただきたいと思います。そうすると金融の仕事が面白くなってくると思うのです。そのことが自分の将来も開いていくと思います。銀行員の全員が研究好きではだめですが、そういう方の中から国際的に活躍するような、優れた金融技術を持った銀行マンが登場すると思います。あるいはその金融機関において知恵袋となるような、素晴らしい理論家が登場し、そういう理論を追求する中で培った、営業の人とはまったく違う人脈を活用して、新しい分野にその銀行を導いていくといったような場面も出てくると思います。
私は、得意先回りなど預金や融資獲得のための日々の活動だけに埋没しないで、忙しくてもどこかで時間を作って金融の理論を勉強していただくことが必要だと思います。最近は、大学でも公開講座をやっていますし、あるいは御社(リッキービジネスソリューションン)でもそういった機会を提供されているわけで、勉強に割く時間を仕事のひとつとして意識して作ってもらうのです。そこで自分がどれくらい世の中の役に立っているか、あるいはもっと役に立つには何かもっとできることがあるのではないかという姿勢で、少し広い視野から金融を眺めるということを是非してもらいたい。それで仕事が面白くなると思います。

(澁谷)

金融というものは勉強することで、社会貢献とか、理論的にどういう深まりがあるかということに気付くことができるということですね。

(五味長官)

それでやる気が出てくると思いますし、例えば銀行員の営業マンが「なんで毎日自転車に乗って走っているのかな」と思うのではなく、実はそれがどういう形で役に立っているのかというメカニズムを、頭の中に叩き込んでやっていくということが大事なのだと思います。取引先が喜んだということも生き甲斐でしょうけれど、自分の仕事が実はもっと広い意味で社会の役に立っているという、日々の行動からでは実感できないような部分は、仕組みをしっかり勉強することで見つけていただきたい。
そうすると、逆に言えば何か難しい判断を迫られたり、トラブルにぶち当たったりしたときにも、そこへ一回戻ってみて頭を冷やして、どうしてこの仕事をやっているのか、この仕事はどういうメカニズムで世の中の役に立っているかというところに戻ってみると、意外に簡単に答えが出ることもありますね。
金融庁に限らず役所の仕事についても、非常に複雑な要素が絡み合って判断に窮したり、幾通りもの方向の違う選択肢が出て迷ったりした場合、私は若い人たちに「公務員なのだから、そういう場合は国民がどこにいるか探せ」とよく言うんです。
これは例えですが、ジェット戦闘機のパイロットが雲の中で空中戦の訓練をしているときに、自分が今上に向かって飛んでいるのか、下に向かって飛んでいるのか、あるいは旋回中なのか、もしかしたら裏返しになって地面が頭の上にあるのかどうか、全然分からなくなることがあるそうです。そういうときには、あらゆる計器がぐちゃぐちゃに回っていますから、教えられるのは「水平儀を見ろ。ほかの計器は一切無視せよ。」ということだそうです。とにかく水平儀を見れば地面がどちらにあるかが分かるから、地面と反対の方に操縦桿を引け、それからゆっくり考えろという話です。私もそれを言っているのです。あれこれややこしい話がいっぱいあるけれど、とにかくこれをやったら国民のためになるかならないかという、非常に単純なところで線を引いてみる。そして方角を決めたら、そこからいろいろな配慮すべき要素を付け加えていけばいいということです。
銀行の経営や現場の銀行員のお仕事をなさっていてもそうです。戻る縁(よすが)は、当然顧客であったり、あるいは会社の存続利益であったりするでしょうけれど、その背後に、金融というものがどういうメカニズムで世の中の役に立っているかということがあるわけです。そのメカニズムを理解していれば、つらいとき、あるいは迷うときもたぶん間違えない。

(澁谷)

社会に貢献したいとか、企業を育成したいとかいろいろ考えて入行してくるのですが、雲の中でどちらか分からなくなって「辞めよう」ということになってしまう。社会に自分たちがどう貢献できるかというメカニズムをちゃんと勉強し、それを日々心の中に持って仕事をしていくことが大切だということですね。

(五味長官)

その通りです。どれだけ契約を取ったかということに埋没していくと間違いに巻き込まれると思います。日々の仕事で忙しいとは思いますが、勉強するかしないかは意志の力の問題なのです。

(2007/2/17 掲載)