第1回 「私を鍛えた言葉−銀行の役割、銀行員の仕事」
昭和35年第14回日本探偵作家クラブ賞を受賞した水上勉「海の牙」、熊本県水潟市東洋化成の工場排水が原因と疑われる「猫踊り病」、東洋化成の生産増強、設備投資を止められるのはどんな立場の人間なのか・・・?
私が銀行を職業にした理由は、ここにあった。
融資対象の事業が社会に最適なものなのか、その事業の可能性、必要性を判断し、事業実現の是非を握る職業と考えたからだった。
実際の銀行生活はどんなものだったのか?
今回から数回は、先輩、同僚、後輩、上司、部下との一言、お客様との一期一会から教えられた「銀行の役割、銀行員の仕事」について話してみたい。
【新人初出勤の数分後、最初に出会った先輩の言葉】
『銀行員に一番重要な能力は、交渉力なんだ! お客様にこちらから提案し、納得して自分を選んでもらうことだよ。』
その先輩は二年上、私の兄と同世代だった。何の違和感もなく素直に交わした最初の会話。
「おい、銀行員の仕事ってどういうものだと思う?」
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「銀行が自分で決めてやれるものは何にも無いよ。」、「やるのは、全部お客!」、「金を何処に預けるか、金を借りてどんなことをやるか、決めるは全部お客様なんだよ。そこでだ、・・・銀行員に一番重要な能力が何か判るか?」
・・・・・・・
「銀行員に一番重要な能力は、お客様に納得して自分を選んでもらう交渉力なんだよ!!!」
この一言は私に大いに自信を与えた。
「これなら簡単!!」。私の実家は衣料品店、中学時代は明治生まれの曾祖母と祖母に育てられた。サービス精神と大人や年寄り相手のおしゃべりなら絶対に負けない自信があった。(今もこの点は全く変わらない)
「相手を喜ばせる、相手に信頼させる。」こうしたことに、年齢の差は関係無い。これならこの社会で並以上にはやっていけると確信を持てた。それから二十年程して、業務効率化の方向性をめぐって、この先輩と一年超の大戦争をやることになる。熱い、直球の人だった。
【入行3年目、初めて融資を担当した時の課長の言葉 】
『銀行の仕事は、回収してなんぼの世界!融資をして仕事だと思うのはええ格好しいの無責任』
この課長は厳しかった。初調書(稟議書)を書き、S社に融資の準備をしていた。我ながら出来栄えも良かった。日本熱学倒産の資金繰りへの影響もメイン銀行と交渉して何とか手を打てた。新人としては上出来と思っていた。
ところが、その月末にS社の資金繰りの目途が立たず、わずか100万円程度ではあるが資金ショートする恐れがあるという報告があった。
−昭和49年といえばオイルショック後の物価高騰で金融は超タイトで、その支店では今は超大手の一角を占めるスーパーとの分割貸付契約の資金交付枠が取れず全額の資金交付が終わらないうちに第1回目の分割返済期日が来るという状況が二年程続いていた。−
当然、資金繰りはチェックしていたのだが、大口の入金が遅れるかもしれないというのだ。日繰りと使用可能預金の把握が不十分だった。親密先の支払い遅延で何とか事なきを得たが、この後が大変だった。
「てめえ、すこしくらい審査や融資が出来たからって思い上がんじゃねぇ!1億貸して稼げる利鞘は精々2,3百万。1社潰して取りっぱぐれるのはその十倍、二十倍だ。お前の不注意ひとつで皆の努力がパー、細々利鞘稼いで、ドーンと元本ロスったら、給料払えねえよ!!!」
業務記録や稟議書を閉じたバインダーが空中を飛んで来た。この課長の初心者教育は自己検査だった。前任者から引き継ぐと自己検査表を渡される。全量の自己検査をして報告すると、銀取約定から、金消契約、担保契約、保険契約等々、逐条説明をさせられ、質問攻めに遭う。事前に先輩に聞き、原典を確認した答えを用意せずに行くとデスクの前に立たされ、怒鳴られる。預金、外為、融資、総務と支店中の眼が集まる。
そして、数時間後に会議室から電話が掛かってくる。
「この店は課長が甘いんで、緊張感が足りん。お前にもわかるだろ。俺には、この店の若い奴らの素質が大事なのよ。お前をダシにして悪かったな。お前なら、お見通しだと思うから。まぁ、頼りにしてるよ。」と言うのである。
その後は、お決まりの寿司屋に連れて行ってくれた。
銀行では、利鞘は数%、ロスは元本。ひとつのロスの処理には数十倍の貸出しがタダ働きをすることになる。このことが体の芯に沁み込む言葉だった。自己検査、課内審査、スパルタ教育のこわい親父のような課長だった。
こうした新人時代の先輩の言葉が、その後『親身に考え、真面目に詰めて、仕事は厳しく、そして職場は明るく、楽しく』をモットーに「おせっかい銀行」を自称した仕事のスタイルに大きく影響した。
1971年入行後、大口顧客・財形等の個人営業、新規開拓、企業審査、企業再建、不良債権処理等の法人営業、更に営業企画、内外の業務効率化・監査再編等の本部業務を本店、首都圏、関西圏で課長、部長、支店長、役員として幅広く担当。現在は、運用会社の役員として、資金運用、リスク管理、コーポレートガバナンスの向上に取り組んでいる。