地域の未来と事業性評価(前編)
対談 金融庁 検査局検査局長 遠藤 俊英 氏 × リッキービジネスソリューション株式会社 代表取締役 澁谷 耕一
既に各企業の事業内容を把握して事業性を評価し、また持続可能性・成長可能性を十分に評価した上で融資判断・助言・アドバイスをするという事例がありますが、局長自身のお考えになる事業性評価について、また、地銀の担当者がコンサルタントのように長期間入り込むことで、事業内容を十分に理解することが本当にできるのかどうかについて、金融庁遠藤検査局長に忌憚のないご意見を伺いました。前編・後編にわけてお送りします。
<金融庁の考える「事業性評価」とは>
<澁谷>
まずは、事業の再編による効率化や生産性の向上についてアドバイスや提案をし、それに伴う資金ニーズに対応していく、またIT関連投資のための融資提案をするということなどが事例として挙げられています。ただ、私自身は、必ずしもこうしたアドバイスが資金ニーズに結びつくかどうかはわからないと思っています。企業の事業内容・事業性を評価するというのは、私たちのように専門で取り組んでいるコンサルタントでも難しいところがあると思うのですが、それについて局長はどのようにお考えですか。
(遠藤局長)
事業性評価は、地方創生、アベノミクスにおける地方創生のコンテクストのなかで、位置づけられています。金融機関が企業融資を行う際に「定量的な目線と定性的な目線の両方を踏まえて融資を決めてください」という話に留まらず、地域金融機関、特に各地域の主要地銀は、自分たちがビジネスを展開している地域の経済をいかに下支え、活性化していくのか、そのために重点的に支えるべき産業は一体何なのかを常に考えていただきたいと思っています。また、地域経済・産業の中核となる企業は、おそらくその地銀にとってメインの取引先だと思います。その取引先に対してどういった関わりあい方をしていくのか、という流れの中で事業性評価をとらえて欲しいのです。個別の企業に対して「融資をつけるかどうか」という話ではなく、たとえ融資がつかなくてもしっかり支える。その企業は地域における大企業・中堅企業でしょうし、金融機関の資産分類からすれば、おそらく正常先でしょう。しかし、正常先だから別に何もしなくてよいというわけではありません。企業が今後も持続的に発展していくことは、とりもなおさずその地域を支える主要な産業が栄えていくことにつながります。そうしたことに対し、「金融機関としてどのように関与し、支えていくのかということを常に考えてください」というのが事業性評価なのです。
<「簡易なヒアリング」により地域金融機関の「目利き力」を高める>
我々は第2クール(2014年10~12月)においては地域金融機関3行に対して、個別の顧客企業をケーススタディとし、金融機関がどのような形でその企業に関わりあっていくのかについて事業性評価の検証を行いました。具体的には、当該企業の事業特性や市場、競争状況、さらには対象産業の現状を踏まえ、金融機関がどこまで的確なアドバイスを当該企業に行っているかを検証・議論します。検査チームも周到な準備勉強をした上で金融機関との議論に臨んでいます。さらに、こうした企業との関わりについて、頭取のコミットメントの下、本部はどのような態勢を組んでいるか、営業現場は普段から企業とどういう接触をしているか、本部と営業現場との連携は、それらを支えるシステムは、人材育成は、業績評価は、等々、金融機関が企業の事業性を評価し、企業を支えるための態勢まで把握しようとしています。
事業性評価の検証は第2クール同様、第3クール(2015年1~3月)もケーススタディを基本とした形で継続しようと思っています。ただ、第3クールではそれにとどまらず、事業性評価にかかる「簡易なヒアリング」を実施し、より多くの地域金融機関にあたっていきたい。ケーススタディを行わないという意味で「簡易な」といっていますが、“金融機関が事業性評価に取り組む態勢の有り様”を総体として判断できるような議論の切り口を10~20項目設定し、それぞれに従ってヒアリングしようとするものです。この項目は、定性的なものもあれば定量的なものもあります。定量的なものは、いわゆるKPI(Key Performance Indicators)のような位置づけです。これらの項目は、昨事務年度から今期第2クールまで行った事業性評価検証で我々なりに把握した、優れた金融機関の特徴をもとに作成しています。
地域の財務局は、今後「総合的なヒアリング」という定例ヒアリングで各金融機関に総当たりします。その機会に、我々金融庁も参加して、あるいは財務局にお任せする形で「簡易な事業性評価」の検証を行っていきます。個別の企業を題材にして、その深堀りから出発するという通常の事業性評価の検証に比べると、具体性にはやや乏しくなるかもしれませんが、基本的には我々が今までに得た知見に基づく切り口で議論していくので、金融機関が事業性評価に関してどこまで真剣に取り組もうとしているのかを、ある程度浮き彫りにできるのではないかと思っています。
<澁谷>
それは全行ですか?
(遠藤局長)
「総合的なヒアリング」は地銀全行が対象です。そのうち、およそ半数で「簡易な事業性評価」ヒアリングを実施することになるでしょう。繰り返しになりますが、事業性評価ヒアリングで検証したいのは、金融機関の態勢です。顧客企業のみならず業種・産業をどのようにサポートしていくのが地域経済に最も貢献するのかを組織をあげて検討し実践しているのかを見ていきたい。昨年公表したモニタリングレポートには、金融機関が、対象業種・産業の足腰を強くするために、中小顧客企業の緩やかな再編を促すなどの事例を記述しています。そうした取り組みを積み重ねることは、金融機関としての見識・知見、いわゆる「目利き力」をさらに高めることにも通じると思います。
<トップの理念が隅々まで行きわたる態勢づくりを>
<澁谷>
各地域において、その地域を代表するような中堅企業やオーナー経営の地場産業があります。金融機関にとっては「地場というのはどういう経済なのか」という外部環境を十分把握・理解することが非常に重要です。今は多種多様な会社がありますから、外部環境を加味した上で、その会社の位置づけがどこにあるのか、見極める必要があると思います。
(遠藤局長)
同感です。地域経済を支える中堅企業や地場産業と金融機関が向き合うとき、まず大切なのは、経営トップのコミットメントです。「真に地域の企業・産業を支えるんだ」と内外に明確に発信していくことが重要です。
コミットメントは頭取自身が考えられた、ご自身の言葉かどうかが肝ですね。事業性評価に関して優れているなと我々が感じる金融機関の頭取は、「なるほど!」と胸に響く言葉を発しています。金融庁の基本方針にあるような言葉を鸚鵡返ししていません。職員にも、外部の方々にも、ストンと落ちているな、メッセージが届いているなと感じます。
次に、そのコミットメントを名実共に実現しようとしているかが重要ですね。我々の検証においては金融機関の本部だけでなく支店長や営業職員の方々とも議論するのですが、それは、営業の最前線職員の日々の行動がトップのコミットメントを具体的に実践するものとなっているかを見極めたいのです。
例えば、「当行は地域に密着した銀行、お客様第一主義の銀行」と表明しながら、支店や営業員には相変わらず投資信託や保険の厳しい販売ノルマを課している場合はどうでしょう。職員はお客様を訪問しても、金融商品の宣伝に一生懸命にならざるをえませんよね。売り込みに来た人物に、お客様は自分のビジネスの中身や悩みなんて話しませんよ。でも、それは営業職員が悪いわけではありません。お客様とのリレバンを推進しろとと言う一方で、「投信も売れ」「保険も売れ」と言っている本部が悪いのです。「金融商品の販売は控え、時間を作って一日に何件、月に何件お客様を訪問しじっくり話を聞くこと」、「これ借りてくれ、あれ買ってくれというお願い営業は一切行わないこと」といった明確な指示を本部から営業店に出さないと、営業職員は動けません。支店長にしても、部下のマネジメントや本部への報告など、バックオフィス業務が非常に多い。支店長が先頭に立ってお客様とじっくり向かい合う。そのためには本部が噛み込んで、支店事務の本部への移管やシステム活用による事務の効率化を大胆に進め、支店長の負担を軽くしてあげる必要があります。
さらに、支店の業績評価や人事評価も課題になります。営業職員がせっかくお客様のために動こうとしても業績評価や人事評価は融資金額や収益などの目に見える成果で計るのであれば、お客様とじっくり議論することなく何とか借りてもらおうと営業ドライブがかかってしまいます。お客様と対峙する時間・プロセスが大事だと言っておきながら、業績評価とか人事評価については、結果を求めるのは矛盾しています。公正な業績評価や人事評価を構築することの難しさはわかりますが、それでもなお、この矛盾をいかに解消していくのか、真剣に検討してほしいのです。
<澁谷>
局長のおっしゃる通りです。私は色々な地方銀行の部店長会議等で講演をさせていただきましたが、その際に皆さんが話されているのは結局そこなんです。銀行の理念、ビジョン、行動方針ともに素晴らしく、頭取のおっしゃることも本当に素晴らしいのですが、現場にいくと支店長が部下に「お客様に頼んで来なさい」とか「ノルマが達成されてないよ」と指示をしていて、方向性が全く変わってしまうんです。ですから、トップの方向性と現場の方向性を合わせていかないといけませんね。
(遠藤局長)
それを合わせるためには、支店長や職員の努力だけでは難しいと思います。先ほどから申し上げていますが、頭取の理念をすべての行員が理解し、実現できる態勢づくりに尽きるのです。それができて初めてコミットメントが活きてくるわけで、そこまでやるのが頭取の仕事だと思います。
<澁谷>
結局、金融機関の本来の役割を目的にすれば、中長期的にせよ短期的にせよ、結果は出るものです。私もよく言っているのですが、「相手に喜ばれることすれば必ずその結果は出る」ということだと思います。
事業性評価に係るヒアリング項目(抜粋)
●顧客の事業性評価や地域貢献に対する経営陣の考え方、組織と
しての取組み方針はどのようなものですか。また、これらについて、
貴行(経営陣)が内外に発信しているメッセージの代表的なもの
をお知らせ下さい。
■資料:事業性評価や地域貢献について、貴行(経営陣)が継続
的に発している考え方が分る資料(例えば、当行刊行物、頭取の
メディアへの寄稿などのうち、代表的なもの)。
●貴行として、地域密着型金融の実践(コンサルティング機能の
発揮)は、何を目的に行っていますか。また、地域密着型金融の
実践の効果をどのように測定し、評価していますか。
■資料:コンサル機能を提供している顧客の営業利益改善度が分
かる資料。(対象顧客や改善指標については、内部管理ベースで結
構です。内部管理していない場合には、考え得る指標についての
見解をお知らせ下さい。)
●営業施策を立案するにあたって、顧客の事業者をどのようにセ
グメント分けしていますか。当該セグメントに応じた施策と併せ
てお知らせ下さい。
■資料:各セグメントの規模(顧客数、貸出残高、収益)
●貴行の営業地域において、地域の核となる(又は期待できる)
産業はどのようなものですか。また、当該産業の育成等について、
貴行はどのように関与していますか。
■資料:育成産業毎の規模(顧客数、貸出残高)と育成方針
●顧客の事業性を評価するにあたっては、顧客から財務情報に留
まらず深度ある情報提供が不可欠と考えますが、こうした深度あ
る情報提供を受けられるような信頼関係のある取引先はどの程度
ありますか。また、このような情報提供を受けるために実践して
いる取組みはありますか。
■資料:断片的な情報ではなく、事業性評価を行えるだけの全般
的な情報(例えば、財務面のみならず、経営戦略に係る内部資料)
を入手できるような信頼関係を構築している顧客数の推移(3年
間)必ずしも、この定義には合致しないが、内部管理用に別の定
義で計数を把握している場合には、その資料を添付して下さい。
- 前編
- 後編
(2015/04/06取材 | 2015/05/08掲載)