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金融庁監督局 銀行第ニ課 課長 長谷川 靖 氏 インタビュー

第1回『中小・地域金融機関向け監督方針』について

平成19年8月24日に、金融庁より『平成19事務年度 中小・地域金融機関向け監督方針』が発表されました。この監督方針について、地域金融機関を監督する銀行第二課の長谷川課長様に詳しくお話を伺いました。

■ 監督の質的向上について

<渡辺>

 最初に『平成19事務年度中小・地域金融機関向け監督方針』における<監督の質的向上>の部分についてお聞かせ下さい。

<長谷川課長>

 8月24日に、この監督方針を発表したわけですが、同じ日に主要行等向けの監督方針も発表になりました。両方とも基本的な考え方は共通していますが、この監督の質的向上が必要となっている背景としては、わが国が少子高齢化、人口減少時代に突入している中で、今後とも持続的に発展していくためには、金融資本市場の活性化や競争力の強化ということが重要な課題になってきているということです。そして、この課題を考えたときに、市場の中のプレーヤーのプレーの質、あるいはプレーヤー自身の質も重要ですが、やはりプレーイングフィールドの質、あるいはプレーヤーのプレーを監督したり監視したりする審判員の質も、重要な要素になると思っています。

 そういう観点から今、金融庁全体で金融規制の質を向上していこうと取り組んでおります。いわゆるベター・レギュレーションですが、今回の監督方針もこういった金融規制の質的向上を全面的に打ち出しております。

 この<監督の質的向上>の具体的な柱は、4つあります。

 一つ目は<ルール準拠の監督とプリンシプル準拠の監督の最適な組合せ>についてです。

 ルール準拠の監督は、明確なルールが必要な分野で行います。証券取引市場における日常ルールが一番典型的だと思います。銀行についていえば、金融商品を販売する際の顧客への説明義務等があたります。例えば金商法の施行で、顧客への説明義務が強化されていると思います。こういった分野は基本的に一義的に明確なルールの下で規制する必要がありますので、ルール準拠の監督を行っていくことになります。

 これに対して金融機関の内部管理体制の強化やコンプライアンス体制、法令遵守体制の強化などの分野にあたります。こういう分野は具体的にこうすればいいという一義的な解答があるわけではないですし、一義的なルールを定めることも難しいと思います。ですから、当局の方で基本的な考え方を打ち出させていただいて、それに基づいて各金融機関が自主的に対応していただく形の監督の仕方が最適ではないかと思います。

 ですから、対象分野や内容に応じて、これらのルール準拠とプリンシプル準拠の監督を適宜、適切に組み合わせていこうということです。

 さらに言うと、ルール自体にも背後にはしっかりとした考え方なり、プリンシプルがあるはずですので、そういったプリンシプルについて、監督当局と金融機関との間で共通の認識を持つということが非常に重要だと思っています。従って、当局のルールをむやみに適用するということではなくて、その前に、ルールの背後にあるような考え方、プリンシプルをしっかりと金融機関の方にもご理解いただいて、金融機関の方でもそこを十分理解した上で、ルールなりプリンシプルにのっとった行動を取っていただくということです。

 また逆に、それは私ども監督当局にとっても説明責任になりますので、きちんとした考え方に基づいて、ルールなりプリンシプルを作って、相互に理解を共有していくということでやっていきたいと思っています。

 二つ目は<行政資源の有効活用による優先課題の対話>についてです。

 金融監督庁発足時に比べますと、今の金融庁の定員は相当増えています。しかし、それでも行政需要に対する人員は、まだまだ十分ではありません。ですから、やはり金融行政上いろいろな課題がありますが、優先順位を付けて集中的に行政資源を投入していくようにしなくてはいけないと思っています。

 その際に、何事も後手後手の対応だと、結局はコストが大きくなってしまうので、早め早めの対応をしていく必要があります。金融機関の経営状況や市場動向については継続的なモニタリングを行って、的確な状況の把握や分析をしているのも、現時点では大きなリスクではないが、将来大きなリスクになり得るようなことがある場合には、早め早めに手を打てるようにするためです。できるだけコストを掛けずに的確な監督を行っていくようにするということが2番目の要点になっています。

 三つ目は<金融機関のインセンティブ重視・自助努力の尊重>です。

 この10年を振り返ってみますと、不良債権問題をはじめとして、金融システムの安定が最大の課題でした。その中で厳格な検査や資本注入、場合によっては破綻処理を行ってきました。どちらかといえば危機的な対応、緊急対応ということでかなり荒療治をやってきたわけです。こうしたことにより現在、不良債権問題も全体としてはかなり極小化しまして、かなり平時になってきています。ですから、今後は基本的にそういう荒療治的な行政ではなくて、ここで定めたように、金融機関の自主的な対応、あるいは金融機関のインセンティブを重視した対応に切り替えていく必要があると思います。

 そのためには、当局が手取り足取り監督をするのではなく、金融機関の経営者の方が主体的な判断によって経営を行い、金融機関自身が進んで、問題があったときにも改善に努めていただくような監督方法を行っていくということです。

 四つ目は<行政対応の透明性・予測可能性の一層の向上>についてです。

 言うまでもないことですが、引き続き行政対応の透明性や予測可能性を向上させていく必要があるということです。そういう観点から引き続きこういった各種の監督上の方針を公表して、金融機関の方々と十分な意思疎通を図っていきたいと思っています。

■ 重点分野について

<渡辺>

今回の監督方針の<重点分野>についてお聞かせ下さい。

<長谷川課長>

 今、お話した監督方針の4つの基本的考え方の下、重点分野についての考え方は3つあります。一つ目が<地域密着型金融の推進>です。これは地域金融機関特有のものですから、今回の監督方針の重点分野の1番目の柱として掲げさせていただいています。

<重点分野>の3つの考え方
1、地域密着型金融の推進
2、地域の利用者保護の徹底と利便性の向上
3、リスク特性を踏まえたリスク管理体制等

<地域密着型金融の推進>
1、ライフサイクルに応じた取引先企業の支援強化
2、中小企業に適した資金供給手法の徹底
3、持続可能な地域経済への貢

 この4年間、地域密着型の金融を推進するために、2回にわたってアクションプログラムを策定してきて、全体を通してみると進捗度合いはかなり進んできたと思っています。ただ今までは、どちらかというと金融庁の方が具体的な項目を掲げて、金融機関の方にお願いをしてきた部分が多かったわけです。

 そこで、この平成19事務年度からは、こういうアドホック的なアクションプログラムではなくて、監督指針や監督方針に盛り込んで、恒久的な形で引き続き行っていただくという形にしました。

 20以上の項目がアクションプログラムにはありましたが、今回の<地域密着型金融の推進>には、

(1)ライフサイクルに応じた取引先企業の支援強化
(2)中小企業に適した資金供給手法の徹底
(3)持続可能な地域経済への貢献

と大きく3つの分野だけあげてあります。

 これから地域金融機関の競争環境は非常に厳しいことが予想されますので、やはりそれぞれが得意な分野を生かして、それぞれの地域の利用者のニーズを踏まえて、自主的に取り組んでいただいた上で差別化を図っていかないと埋没してしまうことになりかねません。

 ですから、先ほども申しましたように、当局が手取り足取り、これをやってください、あれをやってくださいというわけではなくて、金融機関のまさに主体的な判断で、それぞれが得意分野、強みを生かしていただいて、どんどん自主的にやっていただきたいと考えています。

■ 金融機関との対話について

<渡辺>

地域金融機関が創意工夫する中で、当然ルールに抵触するのかが非常に気になると思います。こういった部分については事前に問い合わせはあるのでしょうか。

<長谷川課長>

ルールへの抵触についての問い合わせは、今のところ特にありません。正直言って、地域密着型金融というのはビジネスモデルです。ビジネスですから、違法なことをやってはいけないのは当たり前ですが、法律に触れる、触れないということで考えれば、法律に触れる違法の領域よりも、法律に触れないもっと自由なフィールドの方が基本的に広いわけです。ですから法律に触れることはまずないと思います。いずれにせよ、疑問があれば、金融庁にご相談いただければ、と思います。

 また監督当局が特定のビジネスモデルを推奨するというのも、ある意味では奇異な感じに思われるかもしれません。ですがこれは、どの地域の、どの金融機関においても普遍的なビジネスモデルですし、地域金融機関の収益性が上がり、財務内容が健全になっていけば、結局は金融システムの安定や預金者保護につながっていくわけです。ですから、我々はできるだけ個々の金融機関にとって収益性が向上し、なおかつ利用者の利便性が向上する形になっていけばいいと思っています。

 (1)の<ライフサイクルに応じた取引先企業の支援強化>とは、単に貸したら貸しっ放しで元利を払ってもらうだけでは差別化は図れません。ですから、創業時には創業者支援としての融資、企業が順調である時はその資金繰りの支援、事業が傾けば事業再生、更には事業承継支援というように、企業のライフサイクルに応じて、ニーズに合った付加価値の高いサービスを提供する。そうすれば、顧客のためになり、顧客からの信頼にもつながって、結果的には金融機関のためにもなるわけです。

 (2)の<中小企業に適した資金供給手法の徹底>でも、担保や保証を取るのは当然ですが、何でもかんでも不動産担保とか個人保証に頼ってしまうということではなくて、例えば動産の担保ですとか、売掛債権を担保にするという形の融資ができています。

 かつては、動産については、公示制度が整備されていなかったので、譲渡担保を設定するのが難しいといわれていました。しかし、それも法務省の方で民法の特例法をつくって動産譲渡登記などについて整備がすすみました。いろいろな制度やツールが増えてきているわけですから、どんどん活用して、顧客のニーズに合った形で融資を行っていくのが求められていると思います。担保の評価手法については、各金融機関において主体的に検討していただく必要があると思いますが、合理的な説明ができるものであればよいと思います。

 (3)の<持続可能な地域経済への貢献>については、地域経済が疲弊しているところで、そこの地域金融機関だけが健全であるということは、通常は考えにくいと思います。ですから、やはり地域金融機関も、地域経済全体の面的な再生も試みることが必要だということです。これが全体として地域経済における債務者の再生につながれば、地域金融機関にとっても利益になるわけです。いわば地域金融機関と地域の両方がウィン・ウィンの関係になっていくことを視野に入れていって欲しいということです。

 例えば、すでにある地域金融機関でやっておられることですが、全体的にお客様が少なくなっている温泉地の複数の旅館をまとめて面的な再生を行いました。それによって温泉地全体が復活・活性化して、結局はその金融機関の方にもプラスになったと思いますので、面的な再生はやはり非常に重要なファクターだと思っています。

 繰り返しになりますが、今お話した<地域密着型金融の推進>の(1)~(3)はあくまでも例示ですから、具体的に何をするかは当然、各金融機関で自主的に判断してどんどんやっていただければいいと思います。

 少し話はかわりますが、私は各地域金融機関のホームページを時々見ています。しかし、地域密着型金融の話をしっかりプレーアップしている金融機関は少ないです。中には非常にホームページを工夫して、事業再生の例も大きくプレーアップしている金融機関もあります。でも、たいていはサイトマップの一番下の方に地域密着型金融というのがあるのがほとんどです。そもそもそれすらない金融機関もありますし、そこをクリックしてもPDFファイルの見にくい、おそらく金融庁に提出された様式のままのものがそのまま張ってある場合があります。これでは読んでも面白くも何ともないと思います。何も金融庁のためのものではなく、お客様に「うちはこういうことが得意で、こういうことをやっているんですよ」という話ですから、もう少しプレーアップされていいのではないかと思います。

<渡辺>

 これからの金融機関は一律的であるのではなく、自分たちで考えて本格的に変わっていくことが求められているのですね。
 重点分野の残り2つの考え方ついても、お話しいただけますでしょうか。

<長谷川課長>

 重点分野の残り2つの考え方は<地域の利用者保護の徹底>と<利便性の向上リスク特性を踏まえたリスク管理態勢等>ですが、これらは基本的には主要行向けと同じです。

 ただ<地域の利用者保護の徹底>で少し違うのは、『法令等遵守』と『顧客情報の管理体制の確立』の部分です。どうしても地域金融機関では、まだ非常にプリミティブな不祥事が出ていますから、そういう状況も踏まえて、しっかりとコンプライアンス体制をつくってくださいということを言っています。

 あとは『システムリスク管理体制の適切性の確保』の部分も今回新しくしました。最近コンピューターシステムの共同利用が進められています。それは非常に結構なことですが、その際にシステムダウンや誤作動といったシステム障害が発生しないように、管理体制を整備してほしいということが書いてあります。

 また、<利便性の向上リスク特性を踏まえたリスク管理態勢等>の違いは、やはり地域金融機関にとっては、複雑なリスク管理よりも、先ずは信用リスク管理をさらに徹底させていただきたいということです。具体的には資産査定や信用リスク管理の信頼性をより確保することが挙げられています。その中で最近の特徴として、不動産関連融資が増えていますので、不動産系のエクスポージャーに関するリスク管理についてあえて明示的に書いてあります。

 それから市場リスク管理については全般的に主要行に比べて地域金融機関は高度化されていません。ですから、全体としてしっかりとしたリスク管理を整備してほしいと思っています。最近サブプライムローンの問題が出ています。しかし、そういった複雑なリスク特性を持った商品だけではなくて、まずは銀行勘定で保有する国債の金利リスクが第一だと思います。それに加えてサブプライムローンを含めた、複雑なリスク特性を有する金融商品やファンド商品による市場リスクを取っている地域金融機関では、そういったリスクを特に経営陣の方がよく認識することが重要だと思います。

 そして、信用リスクや金利リスク、市場リスクといったさまざまなリスクを全体として、しっかりとリスク量を認識する。その上で資本をきちんと配賦した統合的なリスク管理というものをできるだけ構築していっていただきたいと思っています。監督行政を行っていく上で、基本の一つだと思っています。

 私は、昭和57年に大蔵省に入省したのですが、その後、東海財務局、北陸財務局、関東財務局、近畿財務局に勤めました。直接現場で金融機関の方々と対面して行政を行ってきた経験が長いこともあってか、金融機関の方々との対話が大切だという思いは強い方だと思います。

 私は、平成8年から昨事務年度まで、金融機関の破綻処理に携わってきました。監督行政の中でも、金融機関の破綻処理にエネルギーと時間を費やしてきたというのが自分の実感で、そういうことを経験する中で、つくづく思ったことがあります。それは、金融機関自身の財務の健全性の重要性です。これは、地域金融システムの安定、地域の利用者の安心を図りながら、同時に金融仲介機能を安定的、継続的に発揮していくために重要なものだと考えています。

 地域金融機関の経営は、現在のような厳しい環境の下では、経営者の方々の舵取りが重要となってきます。その意味でも、地域金融機関の経営者の方々と直接対話する機会を大切にしていきたいと思っています。地域金融の実態を確認できる機会をなるべく多く作って、自分が地域金融機関を監督する上での考え方と実態との相違点や距離感を少しでも埋めていければと思っています。

<渡辺>

 市場リスクに特化する銀行というのも変ですが、景気が落ち込んでいる地域金融機関では、市場リスクの部分に磨きをかけるという選択もありえるということでしょうか。

<長谷川課長>

 特に預貸率の低い地域では預証率がどうしても上がってしまうと思います。そのときに一切リスクを取るなということは申しません。市場リスクを取っていただいていいと思いますが、そのときにはきちんとリスク管理体制を整えて、それを経営陣の方が認識をしていただくことが必要だと思います。

<渡辺>

 最後に、今後金融機関との対話の充実を図るための具体的な方法についてお聞かせいただけますでしょうか。

<長谷川課長>

まずは地域金融機関を直接監督しておりますのは財務局ですから、財務局レベルでのいろいろなヒアリングは今後も続けていこうと思います。それからこの銀行第二課としていえば、私もいろいろな地方を回って、直接お話を伺うこともやりたいと思いますし、各銀行の経営陣の方が、東京にいらっしゃったときには、アポイントを取っていただければできるだけ、ごあいさつだけでも、最低10分でも15分でも時間を取らせていただいてお話を聞かせていただいたり、あるいはこちらからお話ししたりしようと心掛けています。

<渡辺>

 基本はモニタリングを中心に、フェース・トゥ・フェースで会う機会があれば、極力会うべく努力をされているということですね。

<長谷川課長>

 そうですね。ぜひフェース・トゥ・フェースでお話をしたいと思っています。いったい金融庁は何を考えているのだろうかというのがおありになると思いますから、できるだけ時間をいただいてご説明をしたいし、またお話を伺いたいと思っています。

(2007/09/04 取材 | 2007/10/19 掲載)