日本総合研究所 理事長 経済財政諮問会議議員 高橋 進 氏インタビュー
聞き手:リッキービジネスソリューション(株) 代表取締役 澁谷 耕一
「地方創生」の背景に地域経済の悪循環
(澁谷)
今まさに「地方創生」がスローガンとなっています。地方版総合戦略と言われていますが、高橋理事長のお考えになる地方創生とはどのようなものでしょうか。
(高橋理事長)
経済全体がよくなるとそのプラス効果が地方にも及び、地方も持ち上がってくると期待されてきましたが、「地方創生」という言葉が出てきた背景には「それでは駄目ですよ」という発想があるのだと思います。今まではカネとモノをつぎ込むことでカンフル剤効果はありました。それでもヒト・モノ・カネの流出は止まらず、財政も底を尽き、企業は地方に工場を作らずにアジア諸国へ出て行きました。地方がカンフル剤に依存する体質を強めてしまったことにも問題があるとは思いますが、地域経済が悪循環を起こしているということです。
今回の「地方創生」では、これまであまり着目してこなかった「ヒトの流れを変える」ことに大きな着眼点が置かれているところが特徴だと思います。そうは言っても人の流出を止めるためには、それなりに働く場や学びの場がないといけません。また、「外部から稼ぐ産業」と「域内で需要を賄う産業」の両方が必要です。ヒト・モノ・カネの流出は放っておくと、人口構造が更に変わってしまいます。去年の日本創生会議での指摘のように、若年層の人口が減ることが更なる出生率低下に結びつき、地方経済を低下させ、税収基盤を弱くし、社会生活基盤を弱体化させてしまう可能性を持っていると考えられます。
農業、医療・介護、観光が地域産業を支える
(高橋理事長)
地域を支えるのはもはや製造業ではなく、「農業、医療・介護、観光」が柱と言われています。
典型的な域内産業である医療・介護については、今までは高齢者の絶対数が増えていましたが、地域によってはこれから減ってくるところも出てきます。供給力を減らすのか、外部から需要を取り込むのか、サービス産業として地域によってどう育てていくのかが問われるでしょう。
農業は食文化・食産業と捉えれば観光と結びついてきます。今までは「たかが観光」として地域の柱にはならないと言われてきましたが、この産業は地域への波及効果も高く、インバウンドがこれだけ来ているわけですから、観光を軸として農業の再生に取り組んでいくことも可能だと思います。
2014年はインバウンドで1,431万人が来日し、2015年は1,800万人くらいまでいくのではないかと予測されていますが、東京・京都・大阪・名古屋・北海道以外の地域はほとんど恩恵を受けていない状況です。私の憶測では、日本へのリピーターが増えれば地方への観光客が多くなると思っていますが、今はそのニーズを取り込めていない地域がほとんどです。京都は既に宿泊のキャパシティが一杯で、外国人が増えることにより国内観光客が減っています。観光が盛り上がるのは良いけれど、供給サイドをどうするかも課題です。インバウンドは今年2 兆円を超える消費力が出てくると予想されますが、一方で20兆円ほどの国内観光が落ちているわけです。インバウンドもさることながら、国内観光も活性化させていくという観点でも考えなければならないでしょう。
このことは地方活性化と密接に関わってきます。今はゴールデンウィークやシルバーウィークなどに国内観光のピークが集中していますが、ワークライフバランスや休日のあり方を見直すことで、国内旅行のニーズ・稼働率の差を平準化させることも、地域対策としては取り組む余地があると思います。
(澁谷)
評価できる取組みはありますか?
(高橋理事長)
最近の地域おこしでの成功例を見ると、外部の方の知恵と地元の方の努力が組み合わさった時によい成果を生んでいるので、人材はすごく重要であると思います。北海道や岐阜県など、地域が違っても、同じ人材やチームが活動しているケースがあります。地域にまだスキルやノウハウを持った人材が少ないのだと思います。ただ、地域で共同で休日を作ってイベントを催すなどといったことをきっかけに、地域おこしの輪が地元で徐々に広がっているケースもあります。
若い人達を取り込んで農業や観光の産業活性化を
(高橋理事長)
今、農業を支えている高齢者がいなくなれば、農業人口は激減します。しかし、最近では農業に新しい魅力を感じている若者も増えているようです。ただ、若い人達がいきなり農業経営をするのは無理なので、1 度農業経営を企業で学んで、それから独立していくなど、ステップが踏めるような環境をつくってあげると、農業や観光などにも若い人達が入りやすいのではないでしょうか。農業を希望する人は、1度都会で働き、勤め終わった世代の方が多いのですが、もっと若い人達が入ってこなければならないだろうし、観光なども彼らの新しい感覚をもって育てていくことができれば、世界の観光客をグッと惹きつけられると思います。
これは受け売りなのですが、例えば夏の軽井沢で自転車を1 日貸し出しても1 日1500円にしかなりません。ところが地方で「田舎めぐり」として通訳ガイドを一人つけて自転車を貸し出すと1万円、2万円取れるんです。こうした工夫で大きな付加価値がつきます。日本に来る外国人にとって、日本の田舎、豊かな食文化、気候などはとても魅力的だと思います。それをどう売り込むかというところに若い人達のセンスが必要ですし、そのような人材を育てなければならないのですが、そういった人材を擁している企業は東京の企業で、かつ外資系です。本当にもったいないことだと感じます。
高齢世帯から子育て層にいかにして資産をシフトさせるか
(澁谷)
地域活性化の取組として「ふるさと宿泊券」や「プレミアム商品券」といったものもありますが、その効果はいかがでしょうか。
(高橋理事長)
これもやはり起爆剤だと思います。商品券をきっかけに家計に溜まっている貯蓄を引き出すことで、その地域の消費の活性化に繋げたいという意図があります。高齢世帯に貯蓄が溜まってしまって、彼らの消費が鈍いということは大きな問題です。高齢世帯からいかに若年世帯に資産をシフトするかですが、これは政府を通じてシフトさせるか、贈与という形をとるか、また商品券にしても、高齢者のニーズに本当に合った商品設定をするなど様々な方法があります。しかし、若い人達の生活を支え、子供を作りたいという環境を社会保障給付で支援していく、高齢世帯に集中している貯蓄を子育て層に持ってくるなど、政策の大枠は必要です。いずれにしても今後は高齢者にも応分の負担を求めることが避けられないでしょう。
高齢者が増えているので、高齢者に負担を求めると時の政権にとってはマイナスになるかもしれません。しかし、若い人達が政権に期待して選挙で投票するようになり、高齢者も自分たちの子や孫を守るために子育て層への支援を厚くし、応分の負担を求められるのであれば、政治的には決してマイナスにはならないと思います。むしろ低所得層、特にひとり親世帯、子育て層を支援していくことが、消費の底上げのためにも本当に必要なことなのではないでしょうか。
少し話は変わりますが、配偶者控除の限度額である103万円の壁についても、随分前から安倍総理が見直しを求めているにもかかわらず、いまだ変わっていないのが現状です。これは税制と企業の問題でもあります。103万円にリンクしている色々な手当てを、政府としても変えるべきだと思います。また、企業自身も動かないといけません。いま、時給が上がると逆に労働供給が減るというおかしなことが起きています。人手不足で時給が上がっているため、103万円を超えないようにパート・アルバイトの方が就労を抑制してしまい、企業にとって年末の一番忙しい時期に休む人が増えてしまっては困るわけです。まさに壁があるので、見直していかなければならないと思います。人手不足だということは、人の移動の円滑化も含めて労働市場改革のチャンスでもあります。そこはひとつ大きな成長戦略のテーマだと思います。企業の側も配偶者手当のあり方を見直すだけではなく、非正規も含めた従業員教育など人材への投資をもっと増やすべきです。
地域金融機関は地域活性のためのプラットフォームづくりにリーダーシップをとれ
(澁谷)
地域金融機関が果たすべき役割をどのようにお考えですか。
(高橋理事長)
こ地域が縮小均衡していくと、金融機関の業務も縮小均衡していく、つまり運命共同体だと思います。地域の金融機関がもっと能動的に地域を変えていくということをしないと共同運命から逃れられないでしょう。地域機関が果たす役割としては、3 つのポイントがあると考えています。
1つ目はネットワーク機能を活かすということ。2つ目はリスクテイクをもっと積極化すること。3 つ目は人材の育成です。都会にいる有能な人材を地方に引っ張ってくることも、地域金融機関の役割として当然期待できるのではないでしょうか。
地域金融機関といっても、今では取引が他県・他地域に及んでいます。ですから、これからは狭い地域の中の閉じた発想ではなく、もう少し広域な視点に立つ必要があります。これは政府の産業支援の問題でもあり、経済産業省なども動いていますが、ビッグデータなどを使ってまずは実態を把握し、サポートすることが必要です。今後は金融機関同士の連携や海外も視野に入れたネットワーク機能の連携やサポートも必要になってくるでしょう。TPPの締結による農業部門への影響ばかりが取りざたされますが、TPPによって加盟国の市場がよりオープンになるわけですから、日本の中堅・中小企業にとっては海外市場開拓や進出のチャンスです。金融機関の適切なサポートがぜひとも望まれます。
総務省は産官学金を含めたプラットフォームづくりを始めています。発想は正しいと思いますが、まだ規模は小さく、モデル件数くらいに留まっていると思います。旧来どおり補助金で縦割りをつなぐというだけではなく、より積極的に横串を差して変えていくということが必要だという発想です。そういう意味で地域の側からも金融機関が積極的にプラットフォームづくりに携わって、地方との窓口一本化に向けて積極的な役割を果たすべきでしょうし、政府の側も交付金の算定や配分の仕組みそのものを変えていく必要があると思います。政策を待つまでもなく金融機関自身が地域の再生にどのように取り組むのかが重要です。
1つのやり方としては、地域のステークホルダーがプラットフォームを作って地域活性化の優先順位と様々な利害を調整していくことが挙げられます。そして自治体側もそれに合わせて一本化する必要があります。せっかく地方銀行がプラットフォームを作っても、自治体が縦割りでは意味がありません。今の地方創生本部というのはそこに横串を差そうとはしていますが、実際にしていることはまだ、新しい補助金をつくって縦割りで埋め切れていないところを埋めようということにしか過ぎないと思います。本来ならば、中央から地方への交付金などのあり方自体を変えて、もっと横串を差しつつ地域の努力を活かす仕組みに変えていかなくてはいけないのです。その受け皿がプラットフォームになると思うので、そういった地域活性化のための仕組みづくりに地域金融機関が参画する、あるいは民間の代弁者としてリーダーシップを取るべきではないかと思います。
地域や自治体の取組みを横展開させよ
(高橋理事長)
従来の補助金と言うのは人口やインフラの規模に比例して出ていました。ところが人口減少が進み、実際は人口の減少が激しい地域や過疎地、インフラのストックが大きな自治体ほど補助金がついているのが現状です。これはやはりおかしなことで、これからは人口やニーズに合せてインフラを減らすなどの努力しているところに補助金をつけていくべきでしょう。
そのために政府は「交付金の算定の仕方そのものを変えていく」ということをこれからやらなくてはいけないわけです。これは地方の自治体にとって大きな改革につながる分、抵抗があるところです。しかし、「旧来のやり方をしているところへは、もうあまり補助金を出せませんよ」と言って補助金を減らし、逆に努力をすればその分インセンティブを付けていくなど、地方の活性化のためには「横並びで誰でもお金がもらえる」という仕組みを変えていく必要があると、私は思っています。
今、地方を見ていると、自治体・企業・住民などで、やる気のある人たちが非常によい動きをしている所と、相変わらず旧態依然としている所とで、だいぶ差が出てきています。地方のやる気を引き出す、頑張っている地域を支える、頑張っているものが報われる、そういった交付金のあり方を目指すべきではないでしょうか。実は、経済財政諮問会議のもとに一種のプラットフォームのようなものを作って、頑張っている地域の具体的な良い例を横展開していくための仕組みを作れないかと思っています。
まちづくりでよく出てくる例としては、丸亀町(香川県高松市)があります。単なる商店の再配置だけではなく、エリア内での経済の活性化につながるような動きを始めています。経済が活性化していくと地価も上がって結果的に自治体は地価の上昇による固定資産税や企業の活性化による税収増という形で支出を回収することができます。まちづくりで丸亀町がうまくいっているのは、同町の場合は従来のコンパクトシティのように広いエリアを対象とするのではなく、まちのへそに当たる比較的狭いエリアで集中的に活性化を進めているからではないでしょうか。
高松丸亀町商店街
コンパクトシティといっても、対象エリアが広すぎると、掛け声だけで投資が進まず、地域の姿がなかなか見えてこないケースもあります。もっとコンセプトを絞り込む必要があります。各地域の特性を活かしつつも、上手く行っている例をいかに横展開するかが重要です。自治体では足立区などが、役所の行う窓口業務を民間委託することでコストを下げ、サービスも大幅に改善したという例があります。また、自治体が共同で延滞や不払いの人の税金や保険料の徴収などを目的とする組合を作り、大きな成果を上げている例もあります。
自治体が持つ箱物・インフラを活用せよ
(高橋理事長)
過去には随分多くの公共事業を行ったので、実は官のセクターは相当な土地・不動産を持っています。これは優良な資産なので、この先いかにこれを活用していくかが重要です。例えば公営住宅は箱と底地があるわけですが、老朽化した公営住宅を建て替えて高層化し、介護施設や保育施設も置き、それでも余った土地は民間に売却するという形で、民間と連携して再開発をすれば、建て替えの財源も出てきます。自治体が持っている箱物やインフラは、今後20 ~ 30年の間にどんどん老朽化していき、更新する必要がでてきます。その一方で、人口が減少していきますから従来のようなニーズもなくなる。今ある箱物を含めたインフラをどのように更新すれば良いのかを、自治体は大きく問われていると思います。その時に従来型のようなやり方ではできないので、民間と連携しながら新しい手法を生み出していかなければなりません。
PPP、PFI ※といった手法ががなかなか定着しませんが、カネの流れも含めた官と民との新しい連帯の形が、実は、地方にこそ問われているのではないでしょうか。また、そこにうまくビジネスを組み合わせれば、地場の様々な企業の活性化にもつながっていくと思います。PPP、PFI はややもするとゼネコンばかりに利益が行くと言われますが、工夫して地元の産業なり企業に利益が行き渡るスキームを作っていくことが必要でしょう。実は金融機関というのはそういうところでも貢献できると思います。
(澁谷)
日本全体に制度改革が必要なんですね。
(高橋理事長)
着手はされているのですがまだ進捗、スピード、規模がまだまだ小さいので、深堀り、そして横展開していかなければなりませんね。
(澁谷)
どうもありがとうございました。
PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ:公民連携)と呼ぶ。PFI は、 PPP の代表的な手法の一つ。 PFI(プライベイト・ファイナンス・イニシアティブ)とは、公共施工等の設計、建設、 維持管理及び運営に、民間の資金とノウハウを活用し、公共サービスの提供を民間 主導で行うことで、効率的かつ効果的な公共サービスの提供を図るという考え方。
1976年一橋大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行。主に調査畑を歩み、90年日本総合研究所調査部主任研究員へ。調査部長、理事を歴任後、2005年~07年まで内閣府政策統括官(経済財政分析担当)として、月々の景気判断、内外の経済動向、経済財政政策に関わる調査・分析などを行う。07年8月、日本総研へ副理事長として復帰、11年6月には理事長に就任し、現在に至る。また、13年1月から、第2次安倍内閣の発足に伴い復活した経済財政諮問会議の民間議員を務めている。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」やフジテレビ「新報道2001」等の経済情報番組にも出演。
(2015/11/04 掲載)