山陰合同銀行 取締役頭取 石丸 文男 氏インタビュー
「地域の夢、お客様の夢をかなえる創造的なベストバンク」であるために
聞き手:リッキービジネスソリューション株式会社 代表取締役 澁谷 耕一
<澁谷>
山陰合同銀行の経営理念「地域の夢、お客様の夢をかなえる創造的なベストバンク」についてお聞かせください。
(石丸頭取)
現在の経営理念は、平成7年に定めたものです。先ず「地域の夢、お客様の夢をかなえる」というのは、地方銀行にとっては基本的な考え方ですが、これまで着実にそれを実践してきたという自負はありますし、これからも実践していきます。
「創造的なベストバンク」には、人の真似をしないで自分たちで考え、知恵を絞っていくという想いが込められています。私たちの営業基盤である島根県や鳥取県は、地元の経済力が元々強いわけではありません。そして、東西に非常に長い距離があるため、他行に比べて相当なコストもかかります。そのため、常に何か新しいことに取組み、都市部に負けないような金融サービスを提供していかなければなりません。
また、ほかとは異なった取組みをしなければ、他地域への進出もできません。広島県や岡山県に加え、最近では兵庫県にも出店していますが、その地域の状況を参考にしながら、「参考にはするが、真似はしない。自分たちのやり方でやっていく」という想いが常にあります。「常に創造していく」「挑戦していく」「変化を恐れないで取り組んでいく」といった考え方を、企業風土にしたいという想いを込め、時代変遷に左右されない変らぬ基本的な考え方として、この経営理念を使い続けています。
お客様のことを理解し、夢をかなえる「1人1社運動」
<澁谷>
「1 人1 社運動」などの事業性評価に対する取組みについてお聞かせください。
(石丸頭取)
経営理念である「お客様の夢をかなえる」ためには、先ずお客様がどのような夢を持っているのかを知らなければ、何もできません。お客様の夢を知るためには、お客様としっかりと対話をしていくことが大切です。それを具現化した取組みが「1人1社運動」です。開始した当初は全部で416社でしたが、現在はそこから少し増えています。
10年以上前から、リレーションシップ・バンキングの取組みをしっかり実践していこうと思い、色々と取り組んできましたが、中々浸透しませんでした。その原因は、銀行という組織が効率性を求める組織だからだと思いました。そもそも「お客様が何を考え、何を問題にしているのかがわからないのではないか」という思いもありました。お客様のところへ行って、お客様の考えている課題や問題点をきちんと理解できているのか、また、それらを理解するまでにしっかりとした対話ができているのかと思いました。そこで、先ずは自分が担当している取引先1 社でいいから、お客様のことを理解する取組みをしようと思い「1人1 社運動」として開始しました。
お客様の商流把握をはじめとする行内研修なども行い、2 年間かけて少しずつノウハウが蓄積されてきたと思います。開始から2年目となる平成28年度には、1年間かけて蓄積したノウハウを横展開する、つまり「1人1 社運動」で身につけた考え方をほかのお客様にも広げていくよう取り組んできました。その成果として、「お客様の経営課題をどれだけ共有できたのか」を行内で計測した結果、平成28年度において4,000社以上のお客様の経営課題を共有できていることがわかりました。「1人1社運動」の考え方は、行員の中でも少しずつ広がり、お客様にも私たちの取組みに対する理解が深まってきていると思います。
<澁谷>
「1人1社運動」を通して、営業担当者にはどのような変化があったのでしょうか。
(石丸頭取)
営業担当者のレベルはアップしたと思います。各担当者でレベルアップの度合は異なると思いますが、担当者全員が頑張って取り組んでいる運動であることは間違いありません。昔は企業を訪問した際に、工場などの現場を見るということは当たり前のように行っていたと思いますが、効率性を求めた結果、必ずしもそれが行われなくなってきていました。そこで、「1人1社運動」では、現場をしっかり見るように徹底しました。引継書や取引先要項といったものを見れば、お客様が何をされているのかは書いてありますが、やはり現場を見ないことにはわからないと思います。
現在は「1 人1 社運動」の仕上げの段階として、年1回プレゼン大会を開催し、役員と各担当部署の部長を前に、担当者に取組内容を発表してもらっています。「これまで取り組んできたこと」と「これからこのような提案を行っていきたい」という部門があり、役員や部長などから「そのプレゼンではだめだ」「このようなことは提案できないのか」といった指摘も当然受けますが、各担当者のレベルは確実に上がってきたと実感しています。
<澁谷>
「1人1運動」の対象先は、担当者自身が選ぶのでしょうか。
(石丸頭取)
対象先を選ぶのは担当者自身ですが、本部の審査部や地域振興部が認定します。基本的に正常先から要注意先までの中から選びますが、いずれにしても担当先の中では重要な取引先を選んでいます。
「1人1社運動」の対象先には、担当者だけではなく、支店長も対話に加わり、必ず深く関与します。時間がかかる取組みですが、お客様に自らの課題を話していただくためには、信頼関係の構築が必須ですので、これからもしっかりと取り組んでいきます。
現在の中期経営計画では、事業支援とともに目利き力向上による積極的なリスクテイクも重点施策とし、特に兵庫・大阪での量的拡大を成長戦略の一つに掲げています。例えば、私たちが阪神エリアで営業訪問しても、お客様に対して事業支援のことを話さなければ、会ってももらえません。山陰の商品や企業を紹介するビジネスマッチングの話などを持って訪問すると、お客様からも面白そうだと言って会っていただけます。そのようなこともあって「1人1社運動」の考え方は大切なのです。「1人1社運動」は、何よりもお客様の事業を理解するということが大切であり、それが事業性評価にも繋がっていきます。
大学との連携ファンドやクラウドファンディングを活用した創業支援
<澁谷>
起業・創業支援の取組みについてもお聞かせください。
(石丸頭取)
単に創業支援を実行しようと思っても、山陰ではなかなかできません。何か新しいことに取り組もうとしたときに、都市部と異なりマーケットを捉えにくく難しい点はありますが、最近は島根大学や鳥取大学との連携ファンドを立ち上げ、大学発ベンチャー企業の支援に積極的に取り組んでいます。大学発ベンチャー企業のうち、実際に製造販売まで至っているのは2社ですが、現在は全部で6社に出資しています。海藻肥料を製造販売する「なかうみな人々に来てほしいという考えがあったので、自らの事業を広く知ってもらうために、クラウドファンディング事業 者であるREADY FOR を紹介することで支援しました。
<澁谷>
ファンをつくるためには、クラウドファンディングは有効な手段ですね。
(石丸頭取)
出資者につくったものを食べてもらえれば、そこから口コミで「ダムの見える牧場」のことが広がります。そのようなことを考えると、一般的な銀行の融資によって資金調達をするよりも、はるかに効果があったのではないでしょうか。
銀行の役割は地域に働き場所をつくること
<澁谷>
地方創生に関する取組みについてお聞かせください。
(石丸頭取)
地方創生において、銀行ができる一番のことは、事業の創設だと思います。全くのゼロから創業する場合も あれば、事業者が別の事業を始めることもありますが、重要なことは「働き場所をつくる」ことであり、それが銀行に求められる本当の役割だと思います。私たちは、起業する方や新しく事業を始める方々を応援していかなければなりません。
もう一つは地方自治体との連携です。平成28年度には、島根県からRESAS(地域経済分析システム)普及促進事業の委託を受けて、自治体職員の研修を行うなど、私たちにもノウハウが蓄積されてきました。これからも色々な提案をしていくことで、連携が可能だと考えています。各市町村の中には、島根県の海士町や邑おおなん南町など、町長をはじめ、住民の方々が頑張っている地域はたくさんあります。ただし、どこの市町村でも、同じような取組みができるかといえば、中々できないのが実態です。私たちが、それをどのようにしていくかを一緒になって考えていく必要がありますが、そのためにはヒト、モノ、カネの動きがデータ化されているRESAS をどのように活用していくかがポイントになると思います。
また、地方には、物流面の課題もあります。良いものはたくさんありますが、一つひとつの量が増えないため、物流コストが高くつきます。その課題をどうにかすべく、地域商社の必要性が色々なところで言われていますが、私たちも地域商社の設立を検討しています。そのような取組みこそが地方創生であって、それは地方自治体と一緒になって取り組んでいく必要があると思います。
芸術的才能を活かした障がい者の自立支援
障がい者の自立支援として行っている「ゆめいくワークサポート事業」についてお聞かせください。
(石丸頭取)
この事業は、現特別顧問の古瀬が、頭取時に大変力を入れて立ち上げたものです。平成19年に、ゆめいくワークサポート事業の前段階として「ごうぎんチャレンジドまつえ」を開設しました。「ごうぎんチャレンジドまつえ」というのは、銀行の中にある施設の一つですが、統廃合によって使用しなくなった店舗を活用し、銀行が知的障がい者の方を20名程度採用して彼らが自立していけるような取組みを始めたものです。彼らに単純な事務作業を依頼することは、どこの企業でも取り組んでいることだと思いますが、私たちはそこで絵を描く取組みを始めたので す。最初は、彼らの描いた絵を通帳ケースのデザインに採用するなど、銀行のノベルティとして活用していましたが、せっかくこれだけ良いものができあがっているので、事業として使えないかと始めたのが「ゆめいくワークサポート事業」です。
協賛企業は少しずつ増え、現在では9社となっています。年間の使用料をいただき、その使用料は島根県社会福祉協議会を通じて、島根県内の障がい者を雇用されている企業などに交付金として交付され、そこからまた次へと繋がるような循環する仕組みができています。
<澁谷>
障がい者の方々が描くデザインが経済的価値を生み、さらにはそれが同じ障がい者の方々を助ける仕組みになっているんですね。
(石丸頭取)
その通りです。自分たちが描いた絵が、自分たちを含めたほかの障がい者の役に立っているということで、父兄の方々からは「自立心が出てきている」などと、大変喜んでいただいています。また、最初は魚や花などの静物画からスタートしたのですが、彼らの描く絵も上手になり、今では風景画にも挑んでいます。この「ごうぎんPRESS(ミニディスクロージャー誌)」の表紙も、彼らがデザインしたものです。
新しいものには積極的に取り組む
<澁谷>
地域通貨「GOGIN・COIN(ごうぎんコイン)」の導入にも取り組んでいるという記事を拝見しました。FinTech など新しい金融サービスについては、どのようにお考えでしょうか。
(石丸頭取)
「GOGIN・COIN」は、昨年11月に行内で実証実験したもので、まだ導入には至っていません。専任の担当者をつけて取り組んでいますが、新しいものには取り組んでいくべきだと思いますし、発想次第では使えるものだと考えています。
FinTech なども、既存の銀行ビジネスとバッティングするからといって嫌っていたのでは、いずれ負けてしまうので、積極的に取り組んでいく必要があると思います。FinTech を活用した貸出においても、銀行が行う融資とは性質上全く同じものであるとは思っていません。世間一般的には、FinTech は銀行ビジネスにとって代わるものだと言われがちですが、銀行が取り組むことによって何か新しい収益源にできるのではないかと思います。敬遠するのではなく、できる、できないを見極め、積極的に取り組んでいくことが大切だと考えています。
石丸 文男(いしまる ふみお)
神戸大学法学部卒業
昭和52年4 月 山陰合同銀行入行
平成10 年7月 桜谷支店長、平成13年6月 総合企画部ALM室長、平成15年6月 広島支店長、
平成18年4月 鳥取営業部長
平成19年6月 取締役鳥取営業部長、平成20年4月 取締役経営企画部長、
平成21年6月 常務取締役経営企画部長、平成22年6月 常務取締役、
平成23年6月 取締役兼専務執行役員、鳥取営業本部長
平成25年6月 取締役兼専務執行役員、
平成27年6月 取締役頭取兼頭取執行役員(現職)。
(2017/08/25取材 | 2017/11/13掲載)