TOP > 連載 > 澁谷耕一's EYE

第4回 銀行の営業担当者の「バランス感覚」|澁谷耕一's EYE

著者:リッキービジネスソリューション株式会社 代表取締役 澁谷 耕一

二極化する営業実績

不良債権処理を終え、銀行は更なる収益拡大を求めて「攻めの営業」を展開しています。法人向け事業融資の減少や営業項目の多様化、顧客ニーズの細分化など、銀行の営業環境は厳しさを増しています。こうした環境下で、銀行の営業担当者は高い収益目標の達成のために必死の努力を続けています。しかし、目標を達成して実績を積み重ねていく担当者がいる一方、十分な成果を上げられずに悩んでいる担当者が多いのも事実です。大多数の担当者がそこそこの実績を上げることができるというのは過去の話です。営業担当者にも勝ち組と負け組の「二極化」が進んでいるのです。

「二極化」が起こる理由はなんでしょうか。一つの理由として、銀行の営業業務は、高度な「バランス感覚」を要求される大変難しい仕事だということがあげられると思います。高度な「バランス感覚」について、以下の視点から考えてみましょう。

銀行業務の持つ二面性

銀行には、「社会インフラ」という公共性を要求される一面と、「収益追求ビジネス」という一面が並存しています。地方には、自行の支店しかないという独占的な地域があり、そうした地域を多く抱える地方銀行には、銀行業務を社会インフラとして捉える傾向があります。確かに、銀行業務の中には収益を犠牲にして維持せねばならない業務があるのは事実です。ここから、「貸してやる」というような社会インフラ的な発想が出てきます。「借りていただく」というようなビジネスの発想が今、銀行に求められています。このように、社会インフラという認識を持ちつつも、サービス業として収益追及をしていくという二面性があると思います。

銀行員は、経営者のパートナーとしてともに企業を発展させていくことを使命とする一方で、債権者として預金者から預かった資金を守るという役割もあります。銀行員が、経営者から共同経営者のような「パートナー」として認識されるためには、尊敬と信頼に基づく深い人間関係が必要です。しかしそれが深くなりすぎると、業績が悪化し貸金が回収不能に陥るリスクがあるときに、本当に厳しいことを言うことができなくなってしまいます。「経営者のパートナー」という立場と、債権保全に全力を尽くす「債権者」としての立場と、両方のバランスに留意する必要があります。

攻守のバランスが大切

銀行は、リスクをとって収益を上げていくという一面と、リスクコントロールを徹底して財務の健全性確保に努めるという一面があります。不良債権処理を終え、銀行業界でもリスクを取ろうとする動きが顕著になってきています。優良といわれる金融機関ほど、都市銀行・地方銀行・信用金庫等の別なく積極的に営業人員の増強と新店舗出店を行い、新規取引先の確保に全力をあげるなど規模の拡大・攻めの営業に取り組んでいます。しかし、リスクをとった攻めが行き過ぎれば不良債権が発生し、その処理に忙殺されることとなりますので、健全性の確保を重視したサウンドバンキングという守りの考え方も重要です。銀行として攻めと守りをバランス良く配することが必要です。

多様化する収益目標

過去のカネ不足の時代は、個人から預金を集め、企業にお金を貸して資金収益を得る、というのが銀行の基本的な資金仲介ビジネスモデルでした。しかし、大手企業の銀行離れや企業部門の資金需要低迷等による預貸率低下から、銀行の利益全体に占める資金収益の割合が下がってきています。銀行はこれに対処するため、投資信託や保険等の預り資産の販売に力を注ぎ、役務収益である販売手数料の増強を図っています。ただし、役務収益は、一度取引を行えば数年にわたり一定の利ざや確保が可能な資金収益と異なり、常に収益機会を作り、販売し続けねばならない業務です。法人・個人融資から得る資金収益、リテールや投資銀行業務から得る役務収益という両者のバランスをしっかり取ることが、安定した収益体質の基礎となるのです。

銀行は投資商品等の窓口販売で収益拡大を図る戦略をとっているため、今後窓口販売商品のラインアップが更に充実するのは確実です。しかし、2006年6月に金融商品取引法が成立したため、金融機関側は商品の説明責任を問われることとなります。銀行員は収益目標に加えて投資商品に関する知識をより深めることが要求されるため、更にプレッシャーが増します。収益目標の追求と商品知識習得とコンプライアンス・法令の遵守のバランスを保つことが、大切であることを理解する必要があります。

高い目標設定が成長につながる

銀行も今後厳しい競争を勝ち抜いていかなければなりません。そのために銀行員一人ひとりが高い収益目標を課せられています。せっかく銀行に就職しても、収益目標に関する業績を管理されるばかりで目指すものが実現できない、モーティベーションを維持できないとして、ある銀行では入行後3年目までに、新入行員の20~30%が退職しているようです。これは、銀行が掲げる収益目標がいかに厳しいかをあらわしています。しかし、高い目標を掲げその目標を達成する中で人間は成長し、社会的な使命を果していくのです。高い目標をプレッシャーに感じるだけでなく、これを成長のチャンスと捉えることが厳しい状況の中でモーティベーション維持するためには必要です。

銀行員にも企業経営者のバランス感覚が求められている

ここまで、銀行の営業担当者に要求される「バランス感覚」について書いてきましたが、こうしたバランス感覚は、実は企業経営者が持つべき能力と同じです。

企業経営者は、新たな販売先の獲得やビジネスの展開を大胆に実行する「攻め」の能力を持つ力がある一方で、自らの判断一つで企業が危機に陥ったりするため、リスクに対して敏感かつ慎重な「守り」の能力も持たなければいけません。この「攻め」と「守り」のバランスを取ることが出来る経営者は、会社を成長・発展させ、強固な事業基盤を作り上げていきます。

銀行の営業担当者が目指すべきは、まさに優れた企業経営者が持つ「バランス感覚」であるといえるのではないでしょうか。

(2006/12/29 掲載)