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第1回 社長の熱き思い~財務部長との面談時に社長からの怒鳴り込み~|企業審査あれこれ

著者:ペンネーム シニアアナリスト

 金融機関の審査とは、企業及び金融機関の間でどんな意味を持つものであろうか。金融機関は貸出を行う上で、その企業の強みと弱み、現状での収支財政状況、今後の事業計画等を可能な範囲で知りたいと思う。そのこと自体は常識的には妥当で、平成大不況の中で不良債権の撲滅に七転八倒して来た銀行員としては全くの本音だと領ける。但し、問題はそのタイミング及び状況にあると理解し実践出来ている銀行員は意外と少ないかも知れない。

 自身の浅薄な経験の中にも審査に纏わる「経営者の思い」を感じたシーンが時に思い出されることも少なくない。

 特徴ある化学製品の製造業の審査業務の中で得難い経験をした。自身としては当然の審査業務の一環で、その企業の財務担当管理職との面談をセットし、審査に必要な書類の説明を本社の一室で行っていた、正にその場に、顔を紅潮させた社長が飛び込んで来た。社長がなぜ乗込んできたのかの要領を得ないまま小一時間、社長はこれ迄の銀行取引でのこと、都度説明を尽くしてきた決算報告、化学事業と云う一般的には銀行員に分かりづらい自らの事業を折にふれて説明して来た自分の姿勢を語気を強めて熱弁する余り、次第にその声は「今さら何故資料まで要求して当社のことを調査しなければならないのか全く合点がゆかぬ」との叱声に変わってしまった。

 本件の根本の理由は担当支店と当社経営陣との間でのコミュニケーションの問題で、具体的には社長への事前の説明不足に依るものであったため審査業務への社長の誤解は程なく解けた。自身は安堵し機会は改めたものの、審査業務を続けることが出来た。

 数多くの担当先を持ち、その資金や事業面での相談事及び確認事項等に日々を費やしている銀行員の多忙さは尋常ではないが、件の社長の思いも真実ではないだろうか。今でもあの場面での社長の紅潮しやや憤った表情は深く印象に残っている。金融への信頼とその活性化に通じるための厳しい命題と正答、銀行員本来の姿勢問われる貴重な経験であった。同時に金融に身を置く者として、融資先の事業内容とその環境、成果を反映している財務諸表の中身、過程と結果の間に潜んでいる経営者の思いと悩み、更には今後の経営諸策、等々を掴み取り理解する力を身に付けようとする意思が業務を通じて試され続けていると実感した。