第7回 続・不審な態度、不審な対応|企業審査あれこれ
実査への過度な同行
金融機関の審査に対して明らかに情報提供を最小限に留めよう、要求された資料も極力概要説明に終始して仔細に亘らぬようにしたいとの意図が垣間見られるケースでは、審査する側もそれなりの対応、心構えで審査業務を進めることとなり、個々の情報の積上げの中での矛盾点から事実を演繹し推定する忍耐力、我慢比べとなる。
では、通常の審査のやりとりの上では相応に審査の要求に応えているケースの中にも。度々話題となるように粉飾に依る金融機関への虚偽報告が見抜けずに最終的には破綻に至る残念な事例もまた皆無ではない。聴き合わせの重要さについて以前に述べたように虚偽報告への対応では実務体験で培われた人や企業を見る眼が試されていると云える。但し、人を見る眼と云っても何も特別な真偽眼が求められているものでもなく、常識で判断し納得し難いこと、それがヒントである場合も多く、それらを見逃さない不断の注意力醸成が求められている。
自らが経験した審査事例で特徴的な事例を取り上げてみたい。対象の企業は、オーナー企業ながら知名度も相応である反面、国内での事業基盤が弱く、海外で成功している売上1000億円超の製造業であった。審査のポイントは、海外ビジネスの事業基盤と外国為替管理状況、また当時進みつつあった電子化への製品開発力の調査を軸とした収支財政状態の評価であった。 審査への承諾を求めに出掛けた融資部門からやや困惑気味の相談を受けたのがこの事例のスタートであった。当社の審査承諾の条件は以下の通りであった。「親密な貴行との間では過去に五、六回、収支財政に係る審査は実施済みで充分ご理解をして頂いていることと思います。従って、今回は収支財政の細部を見て頂くのではない観点で是非お願いします。」と。判然としない顔の融資課長に次のように助言した。「ご心配なく、審査は可能です。但し、カウンターオファーの当方条件を出してください。第一に、全世界の事業運営を実査させてください。第二に、為替取引の実態については新たな市場実勢の中なので、仔細な説明を聴かせてください。」幸いに、当方の要望は受入れられ審査が始まった。先ず、国内の工場、営業部門及びショールームでの新製品の実態を確認。当然、国内競合メーカーの聴き合わせを並行し得た結論は、国内生産の空洞化と電子化対応の遅れに懸念であった。次に、東南アジア製造現地法人での実査を実施した。同地での見解は、生産は国内との比較では相応に製造の実態、生産技術・品質保証体制に優れており、マネージメントも良好との印象であった。唯一、実査後の対応が後講釈ながら気に懸かった。と云うのも、夕刻近く全ての行程が終了しホテルに帰着後、通例の通り夕食に招待された。海外出張でのやりとりであるので、日本人はややもするとオーバーな対応となりがちではあるが、その時は延々と夜中二時、三時までの酒席が続いた。非上場で大企業と云う立場から金融機関への配慮は重要で、且つ海外との事情から深夜に及んだのかと一端納得しかけたが、やはり変、奇異であると思い返した。
次に欧州市場の販売状況視察をセットし一策を講じた。先ず、当社のオフィスへ出向く日時のみを事前に決め、それ以外は全てフリーな時間設定とし極力当社の外側で調査活動(競合先・格付機関ヒアリング、部品メーカー訪問等)を企画、欧州への到着も日曜日の夕刻を選び、出迎えは休日との理由で辞退との設定を試みた。しかしながら、到着した空港出迎えロビーに出た途端に現地財務部門のトップ二人が声を掛けて来た。欧州での行程は、アムステルダムからロンドン、フランクフルト、デュッセルドルフ、ケルン、ミラノと移動したが、驚くことに全ての当社拠点に件の現地財務のトップがあたかも我々に同行していたかのように登場した。察するに、これ迄にこのような形で銀行の視察を受けたことがない様子で、フリーな時間に何処で何を調査しているのかが不気味に感じていたに違いない。欧州の市場調査で得た結論は、事業運営と販売シェアは相応に評価。電子化対応は他社も日本ほど進んでなく先ずは無難。しかしながら、現地中枢スタッフの態度は東南アジアと同様に訝しいであった。米国はさすがに広大で且つ拠点もニューヨークとダラスのみであったため、欧州のように尾行されている感じではなかった。結論的には、審査開始時点での収支財政を今回の対象から外すとの条件、実査時の度を超した対応、仔細は紙幅の関係から省略するが、実需を超え且つ日本を故意に介した外為管理、電子化開発の実態(開発人員数と試作品レベルとのアンバランス等)から判断し、与信管理を徹底の指示とした。全世界を対象とした調査レポートは60頁超の大作となった。
最後に、本件の結末であるが、残念なことに当社は破綻した。原因は長年の粉飾であったが、簡潔な粉飾行為が結果として巧妙さに繋がり、取引銀行全てが気付けず、相応に多額の債権が不良化した。自らが警鐘を鳴らした時には既に手遅れであったが、審査作業の全てが徒労に終わった訳ではなかった。海外市場を詳細に調査した60頁のレポートが非公式ではあったが、当社再建の検討時に直近に企業実態を調査した参考文献として、再建を支援した企業に依って活用されたのである。