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第8回 続々・不審な態度、不審な対応|企業審査あれこれ

著者:ペンネーム シニアアナリスト

基本に立ち戻って確認 「税務申告書の受付印」

企業審査に永らく携わった者と云う業務経験を聞いて、少なからずの人たちから粉飾決算を看破するには、どんな点に留意したら良いのか助言を求められることがある。また、講習の依頼がある時は必ず粉飾の事例を入れて欲しいと要望される。業務の経験上から多少の具体例は見聞きしているが、本音を云えば、粉飾は行う側に全てのオプションがあり、審査する側にはその全てのケースをシュミレーションする事実は与えられておらず実質的には不可能である。粉飾事例の説明を求められた時にはやや斜に構えた対応であるが、「銀行員を騙そうと最初から仕組んだ場合は、見破ることはできません。」と応えることにしている。表題にある「基本に立ち戻って確認」は、そんな審査の限界の一方、すぐ傍らに意外と事実を知るヒントが転がっていることを自責の念と共に心に留めている事例から自身が得た教訓である。

対象の企業グループを担当した際の印象は、バブルに塗れた会社だなであった。具体的には保有有価証券の額が総資産の過半を超えており、営業外利益の配当、有価証券売却益を加味しなければ、インタレストカバレッジドレシオは当然1を下回る状況、つまり多額の有価証券投資の原資を借入金に依存している状態であった。但し、グループ中核の二社は、何れも本業が順調に推移しており、自行の融資は本業への設備を使途としたものであったため、従来は有価証券投資での詳細な説明要請は不充分なものとなっていた。

本業での設備資金の案件を探りつつ、この有価証券投資の内容をどうやって聞き出そうかと思案をしていた最中に、九州での事業所拡大の計画が持ち上がり融資の打診を受けた。内心では、チャンス到来と思う反面、融資決裁まで持ち込む大変さとが交錯した。作戦を練ろうにも有価証券売買状況を具体的に尋ねるしか方法はなく、正面突破で当社の財務部長に直談判することに決めた。金額が百数十億円規模であったために、月毎の売買内容を資料として提出して貰うには件数が多すぎるとの判断もあり、三ヶ月毎に、個々の株式明細ベースでの簿価、売買明細、売却に係る損益、低価法に依る評価損益の全てのデータの提示を要請すると、意外と容易に当社から了解との回答を取り付けることが出来た。

実際に、過去一年の実績明細と当期第14半期の結果を入手して、安心感が増した。資料にある個々の銘柄は仕手筋のものとは全く異なり一流企業の大型株が多く、市場データで裏付けをとっても、簿価の推移、売却損益及び評価損益共決算内容との齟齬は皆無であった。毎三ヶ月の明細チェックにおいても連続性は途切れることはなく、徐々にではあるが、売却に依る資金繰りで借入金を返済するとの実績も確認されつつあった。本業設備の融資案件は決裁され、種々気を揉んで来た課題は氷解したと、その時点では得心した。

事件は、自身が担当を交替した後に発覚した。当社の経営陣が総出で全金融機関を回り、粉飾の事実と返済猶予の要請をしている。ついては過去の取引状況について確認したいことがあるので、直ぐ来てくれと、現在の融資部門の副部長から連絡を受けた。自身としては詳細を調べ、都度吟味していただけに、初めはまさかと感じたが、事態の一部始終を聞いて自らの不備にも思い当たったのである。事実を要約すると、次の通りであった。株式投資に依る損失が多額となり、追証資金の必要もあり資金繰りが逼迫したため従来通りの借入金返済に行き詰った。取引銀行への決算報告は全て粉飾、株式の明細、売却状況、金融機関取引明細(残表)に至る迄、取引のある八金融機関毎に内容の異なるものを作成し決算説明を行っていたとのことであった。自身は内訳明細も完備し、株式の売買時の簿価推移、売却損益と評価損益まで調査をしたにも拘らず、粉飾を見破れなかったことを心底悔しく感じた。しかし、自身が徴求した税務申告書の表題部に税務署の受付印は無かった。当社説明では申告内容が固まった時点で速やかに報告することにしているとのことであったが、多くの時間を有価証券の売買履歴や評価に割く前に何故申告書の不備を正さなかったのか悔やまれる限りである。