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第5回 基本に立ち返って確認|企業審査あれこれ

著者:ペンネーム シニアアナリスト

担保不動産登記簿の精査から出た債権流動化、そして、不良債権の回収へ

中間管理職として比較的難しい取引先、所謂業況不審先・要管理先の融資担当に就いた時の出来事であった。対象取引先はグループ経営を行っており、担当したのは準中核企業のノンバンクとグループ内資材調達流通を業務とする商社、そして非中核ながら一部上場のマンションディベロッパーの3社であった。殊にノンバンクはバブル崩壊後の事業環境の厳しい中、債務超過状況で実質的に死に体の企業であり、当然、歴代の担当者のミッションは如何にして貸出金の回収を図るかであった。只、既述のように事業的には返済原資を生み出すことは絶望的で遅々とした返済交渉の繰り返しが日常となっていた。

担当の引継ぎ早々、担保条件の精査を行っていた時のことである。ノンバンクの担保は貸付金債権の譲渡担保であり、第三債務者もバブル時にノンバンクから資金を調達していた企業群であることから容易に想像し得る通り、多くが事業的に行き詰まっており、そこからの回収はほぼ不可能との状況であった。次に商社への与信の担保として、所有賃貸ビルへの根抵当権を取得していた為、最新の不動産登記簿謄本を入手し、権利・義務関係の確認を行っていた。数件ある不動産担保を精査するうちに、ふと乙区の上位債権者記載欄にグループ企業である件のノンバクの名前を発見した。念のためと思い、商社とノンバンクの2社に確認をしたところ、グループ内での資金融通として債権債務があり同じ賃貸ビルに抵当権をつけているとのことであった。詳細に乙区記載の債権内容を見ると、ノンバンクの金利は相当に高く、同一グループ内と云っても商社側の負担も少なからずとなっていることも容易に想像された。事実確認を進める中で一つのアイデアが浮かんだ。貸付金債権の流動化、具体的には金銭売買である。「善は急げ」と内心確信した。

スキーム概要は以下の通りである。先ず、ノンバンクが商社に持つ貸付金債権を金銭売買にて当行が購入する。同時に、当行はノンバンク向け債権を売却代金同等額回収する。更に結果として、商社向けへの担保条件がノンバンク債権順位にまで改善する。実際にはノンバンクの持つ抵当権は第一順位であり、担保処分に依る回収可能性は数段高まった。債権売買の実額は2件に亘り十数億円で、債務超過企業からの回収としては大きな成果であった。また、偶然の流れも味方をしてくれ、商社向け債権の担保不動産2件は共に第三者が購入するとの運びとなった。売買代金に依る回収としては、下位債権者への少額返済(所謂ハンコ代)以外の大宗を債権回収に充当出来た。従い、更に二重の意味で問題企業グループへの与信を圧縮することに成功した訳である。

只、本件の全てが自身のみの検討やアイデアに依る結果だけではないと感じている。これ迄の担当者が足繁くハードな返済交渉に通い、相手企業の担当者たちに相当な緊張感を与えてくれていたことも、本件を成功に導いた要因の一つである。担保物件に精査の中から偶然も手伝ってヒントを得た。若干の債権流動化への知識を以って、その流れに乗って取引先との交渉に当たったが、それ迄のハードな返済へのネゴシエーションが一転し、協調し協議する方向に変わった結果、当行を含めた3社のメリットを相互に感じられる雰囲気となったことが債権売買の条件交渉を巧く進められる契機ともなったと感じている。銀行業は貸金業であり、債権管理、返済交渉では厳しい場面や交渉事に好むと好まざるとに拘らず、相対峙することとなることは斯業の道理である。常日頃のモラルを高める意識や努力に重ねて、基本に立ち戻って物事に真摯に対処すること、この姿勢から時として数多くの示唆や成果が得られることもあり得るものだと確信している。