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第6回 不審な態度、不審な対応|企業審査あれこれ

著者:ペンネーム シニアアナリスト

不審な点は丹念に調査(閉鎖工場に簿外在庫の山)

企業審査に於けるヒアリング業務の機微について、確認のための聴き合わせとその有効性や人間の相対的正直さを前回までにお話ししてきた。他方、残念なことではあるが、業績不振の企業の中には、金融機関の調査に対して虚偽の説明や資料を示すことも往々にして起こり得る事象である。これからお話しする事例は不審点が比較的明らかな会社であり、その点では会社説明を先ず確認することから始めたケースであるため、問題点の洗い出しと虚偽の説明事情の把握が並行して進められた特異な例ではある。

審査課長として着任間もなく、以前から懇意にしていた先輩で融資部門の管理職であった人からある企業の業況審査の依頼を受けた。依頼の内容は明確で金属関係の単一製品の製造業で仕入れ先は著名会社からの一社購入、業界ではワンマン社長として有名で且つ、海外事業での多額の失敗、不良在庫の噂がある。但し、度重なる要請にも拘らず、情報開示に不誠実な対応を繰り返しているとのことで、業を煮やした件の先輩が審査実施の宣言を会社に対して行ったとの経緯であった。

内容が内容だけに会社からの審査への協力は全く期待出来ず、状況が悪化すればトラブルに発展しかねないとの認識の中で、徴求資料での出せる、出せないの押し問答を粘り強く続けて、海外製造子会社からの製品輸入、国内製造の推移・製造原価の内訳から原材料仕入れ、製造経費、労務費の投入状況、更には国内在庫の増減まで、会社説明の矛盾を一つずつ突いて僅かな進捗で問題の不良在庫の推定額の試算を試みた。主力工場の固定費水準からは減算に依る在庫調整では現状の市場価格には対処出来ず、大幅な赤字計上となる蓋然性が高いこと、その場合に単独仕入れ先の企業との取引に多大な悪影響が出る懸念を会社は恐れて、簿外に巨額な在庫を隠しているのではとの憶測が自身の判断の背景にあった。最終的な簿外在庫の試算値は二六億円、最大では四一億円との見方に略固まった。さて、具体的な証拠がないまま簿外在庫の金額のみを云々しても意味がなく、審査業務は停滞するかと思われた。

工場の実査は、国内の主力工場と第二工場は製造ラインの実地見分は固より製造現場の生産日程の割付と実績対比をも含め徹底して行い、先に述べた固定費の問題には既に気付いていた。海外工場での保管では実際の販売時の横持ちに時間と費用を要すること、海外市場での販売価格は国内以上に低く同市場で売るデメリットは損益の許容範囲を超えており、国内在庫が前提であろうとの推測は立てていた。業務停滞感の中で古い会社資料を見直していた際に、先の二工場の他に、あと一箇所工場がある、正確にはあったことを見つけた。融資部門に尋ねてもそんな工場のことは会社から聞いたことがないと云う。早速、会社に問い合わせをしたが、製造を中止し現工場へ設備を移管して何年も経過しており、現在は遊休している土地のみで実査の対象では全くないとの返答であった。当然、住所表示を手掛りに直ちに現場に出向いてみた。工場の門は閉ざされ人の気配もなく、工場建屋の外観からも製造の実態がないことは明らかであった。幸い門の目の前に電気店があり、平素の様子を尋ねることが出来た。何年も前に生産は中止して閉鎖状態であること、月に何度か会社の人が出入りするのを見ることはあるとの弁であり、会社の説明との齟齬はなかったが、出入りがトラックの場合もあるとのコメントが気に掛かった。コンクリート塀の隙間や門の辺りから可能な範囲で中の様子を探ると、何やら梱包の際のケースマーク(シッピングマーク)の様な木片が見え海外製造子会社の所在する国名が記載されているのが確認できた。併せて建屋の中に積上げられた製品らしき物が見えたので、パレットに何段積みなっており、そのパレットの幅がどれくらいかを目測した。更には建屋の長さを道に沿って歩測し全体のパレット数を概算、製品の想定数量を試算し在庫金額を乗じて在庫金額を推し量ると、正に二~三0億円との結論を得た。
推定に依る簿外在庫の金額は略正しく、二六億円の簿外資産とそれをバックファイナンスする商社貸付があることを最終的に突き止めた。幸い、著名な仕入れ先企業の取計らいで会社は破綻を免れた。本件は、丹念に数値の繋がりをチェックしつつ不審な言動や態度を見逃さず、実態把握を試みた結果が事実の確認を可能とし、企業を破綻に至らしめることがなかった一例であると感じている。