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第3回 聴き合わせの効用 ~華人企業家の教え~|企業審査あれこれ

著者:ペンネーム シニアアナリスト

金融機関が企業の信用力を調査、分析する場合、一般的には財務諸表に基づく企業財務の定量分析を主体に考えつつも、その企業の定性的な側面、具体的には企業の沿革や経営者のこれ迄の事業履歴、更には業界での評価・評判の面に至る諸情報に基づく評価を加えることは多い。

定量分析では確認し得ない部分の補完を定性評価で行い企業実態に少しでも接近せんとする試みである。具体的な情報収集策は、業界誌やインターネットを通じた検索等、近年ではメディアを介したものも少なくないが、通常の場合は、自社ネットワークを中心とした関連先企業や個人へのヒアリングに依ることが多い。

担当者として、審査業務に携わっていた頃にヒアリングに関して貴重な諫言を頂戴したことがある。
1990年代半ばは、東南アジア市場がエマージング市場として注目を集め、邦銀各行も競って同市場での業務拡大に腐心していた。自身も銀行審査マンとして、東南アジア各国で事業開発・運営を通じて経済的に成功している華人企業への与信判断について、実態調査を進めていた。

香港、タイ、マレーシア及びシンガポールの各国の邦銀海外支店、欧米金融機関、各国の金融機関や格付機関及び監査法人等を訪問し、華人企業との取引時の信用状況確認策についてのヒアリングを重ね、最終訪問国のインドネシアに到着した。同国では実際に同地で事業に成功した華人企業家に会って日本の銀行が華人企業との取引を検討する際に、どのような点に留意すべきかを直接確認することになっていた。

面談に応じてくれた華人企業家は邦銀と相応の取引実績を有する信用のおける人物であるとの事前情報を得ていた。彼の自宅で行われた面談で国籍を失った中国人である自分がこの地で事業を興し、民族資本や官との間の関係づくりに苦心しつつ、どのように資金を調達し、事業を拡大して来たのかを詳細に伺うことが出来た。更に、これまでの訪問、聴取で得た情報に基づいて、懸案である取引検討時の留意事項について質問をしたところ、これも丁寧に多くの助言を与えてくれた。しかしながら本当の意味の彼の示唆はこのやりとりの後に為されたのである。

アポイントの諸事項が終了したのを受け、彼は、「今回のことで貴方は私の会社のことをどのように理解されましたか。また、今後の取引についてお考えがあれば聞かせてください。」と尋ねた。即座に「今回の面談で貴社の事業をより明確に知ることができました。この情報に基づき今後の取引を進めるよう当地の支店に伝える所存です。」と応えた。すると、彼は真顔に戻って次のように付け加えた。「貴方は今日私がお話ししたことの裏付けをされないまま、取引について何故即答出来るのですか。聴き合わせは必要ないのですか。」と。数多くの艱難辛苦を経験した華人企業家は、如何にして信用に足る情報を集め得るのか、その姿勢について警鐘を鳴らしてくれたと感じ入った。