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欧州危機の根源②

著者:リッキービジネスソリューション株式会社 取締役 市島 慎ニ

【前回のおさらい】 第一回は世界第二次大戦後、ブレトン・ウッズ体制開始から始まり、1991 年のソ連邦崩壊で終わるところまでお話ししました。少しおさらいしますと、最初の約30 年はドル・金本位制プラス固定相場制を何とか維持した期間で、後の18 年は、西側諸国はインフレ問題を始め資本主義経済下での難しい舵取りを強いられました。その間、東側では経済の停滞、非能率的生産構造を転換出来ず、ついに破綻したわけです。

ソ連邦崩壊後の新しい潮流=グローバリズム

 今回は、ソ連邦崩壊後、1992 年はグローバリズム元年と捉えられ、世界経済の金融化、証券化、金融業の国際競争力増強力学が働き巨大化していく流れをお話ししましょう。タイトルはソ連崩壊後の新しい潮流=グローバリズムの始まりです。

 変動相場制への移行頃から新しい金融、ファイナンスの理論が次々と輩出されマイロン・ショールズやフィッシャー、ブラックなどによるオプション理論が確立されてきて、金融デリバティブがどんどんマーケットで取引されるようになってきました。

そのような金融界での変化、進展を見ながら、1992年以降はアメリカ主導のグローバリズムの進展が急速に始まりました。グローバリズムはアメリカの通貨ドルが世界に潤沢に行き渡る、というか世界に溢れるように供給されないと出来ない技で、これは金(きん)兌換制(だかんせい)から解き放たれた世界決済通貨としてのドルの大盤振る舞いがあったから出来たわけですね。
 大盤振る舞いは、アメリカの貿易収支の赤字を毎年続けることで実行されました。 この赤字は92年以降とんでもない早さで拡大して行ったのです。 赤字増大の雰囲気を感じてもらうため、取り敢えず1ドル100円として換算して円ベースで述べてみると(※実際のその頃のレートではないので注意が必要)、92年赤字約18兆円が年々増えていって2000年頃には40兆円、2006年にはピークでしたが一年間だけで約80兆円規模という壮大なものになっていったわけです。 これが年々累積していったのですからすごいイ金額になったことはお解りいただけるでしょう。 今の日本の経済規模は400 兆円~ 500兆円で、2014年度の国家予算は96 兆円ですので、アメリカの経常収支の赤字が年間80 兆円の年があったとは如何に大きな金額かお分< かり頂けるでしょう。

世界経済の金融化・証券化

このようにドルが世界を駆け巡ると世界経済の金融化・証券化という道筋が出来てくるわけです…、無論ドル中心の道筋ですが。
この道筋の主軸は金融業の発展と肥大化、それに伴う金融業の取り分の国民所得に占める比重の増大が顕著に見られるようになりました。アメリカでは1950年代には10-20%レベルが2002年には40%超と言った具合と思って下さい。 この金融業進展の背景には、先程述べた金融デリバティブの進化とお金を扱うビジネスの多様化、深化が同時並行的に進み、いわゆるヘッジファンド(大昔からあったわけですが世界を揺るがすような大規模となったのはグローバリズムとシンクロしている)、P/E ファンド(プライベート・イクイティ)などが世界をところ狭し、と駆け巡る様になりました。

これと軌を一にして金融業の国際競争力の増強競争が派手に行われるようになり、日本では金融ビッグバンとか言われていましたけど、それが起こり、そのとばっちりで、というか護送船団方式の取りやめ、規制緩和の流れの中で山一証券の破綻(1997年廃業)、ライブドアや村上ファンド問題などなどが起こり、その中でメガバンクが合従連衡で出来てきたわけです。 世界的にもどんどん合併、買収がなされ金融機関・主に銀行が巨大化し too big となってきたのがこの時期です。 いわゆる インベストメント・バンクも相当淘汰されたり、買収されたりでどんどん数が減り、一つ一つが巨大となってきましたね。

 それでは前回、今回で見てきた世界経済、金融制度、環境の中で、通貨としてのユーロがどのようにして誕生したのか、見てみましょう。

欧州連合体EUの発足

 まず、通貨の前にEU、すなわち欧州連合体の事から始めなくてはなりません。EUの大元は欧州石炭鉄鋼共同体にあるのです。これは、ヨーロッパが第一次、第二次大戦と、いつも戦争に見舞われ、勝った側でも負けた側でも悲惨な結末を見てきたという歴史的事実から、何とかヨーロッパ各国が仲良く共存しなくてはならないという政治的な強い意志により発足したものです。

 すなわち、ドイツとフランスの間にアルザス・ロレーヌという鉄鉱石、石炭を産出する産業地帯があり、ここは神聖ローマ帝国の頃より紛争の絶えない地帯で、現在はフランス領土の一部となっていますが、それまではドイツ、フランスで取り合いをしていた訳です。このような紛争の種をいつまでも不安定に置いておくのは将来の悶着の種になるから、国際的に管理しようと云う事で1951年に条約成立(パリ条約)、翌年発効、誕生した国際機関です。

 この欧州石炭鉄鋼共同体のメンバーはフランス、ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグの6カ国です。その後さらにこの6カ国の経済を一体化する努力がベルギーを中心に続けられ1957年には欧州経済共同体、欧州原子力共同体設立のための条約(ローマ条約)が調印されました。1965年には上記3つの共同体を一つの運営機関の下で効率的に運営すべくブリュッセル条約調印、1967年には欧州共同体(EC)として実現の運びとなり、更に1968 年EC関税同盟が完成しました。

 その5年後1973年にイギリス、アイルランド、デンマークがECに加盟、続いてギリシャ(81年)スペイン、ポルトガル(86年)が加盟国となりました。このような、経済、産業上の連携から欧州全体の政治、経済的連合体としての欧州連合(EU)がマーストリヒト条約(1993年)を経て成立しました。

国際収支と経常収支

国際収支は①経常収支、②資本収支、③外貨準備増減と④誤差脱漏の4 要素から成り立ちます。更に経常収支は資本収支と外貨準備増減と誤差の合計に等しくなります。即ち経常収支が黒字であった場合、その黒字は資本の流出なり外貨準備の増加になったりする訳です。誤差を無視すれば、経常収支=資本収支の純流出額+外貨準備増加額と云う式が成り立ちます。その反対に赤字の場合は資本の流入なり外貨準備の減少なりで補われると云う事です。
 そこで経常収支の構成はと云うと①貿易及びサービスの収支、②所得収支、③経常移転収支の3 要素から成り立ちます。所得収支は国外への投資の果実(リターン)です。経常移転収支は政府による無償供与などです。
 アメリカの場合所得収支は大きいものの経常移転収支が大きくこの二つが概ね相殺しあっているので、貿易・サービス収支の赤字が概ね経常収支のマイナスとなって います。経常収支が国民所得計算上、重大な意味を持つのは次の経済学における意味合いからです:経常収支=国内貯蓄-国内投資 と云う恒等式です。
 我が国は2011 年の大震災以降四半期ベースで貿易・サービス収支のマイナスが続いています。これは震災の影響もありますが、相当部分発電用を中心とするエネルギーの輸入(液化天然ガスなど)の増加によるものです。このマイナスを所得収支(年間17 兆円規模<日本の輸出総額が年間70 兆円あたりですから17 兆円はアメリカ並みの高水準です>)で補っていましたが、ついに昨年10 月より経常収支が単月ベースでマイナスとなってしまいました。日本の強みである盤石な経常収支の黒字基調が崩されるようなことがあると、先行きなかなか厳しいものがあると云わざるを得ません。

通貨ユーロの誕生

 その後2009年のリスボン条約成立により現在のような欧州連合に結実したと理解して良いと思います。さて、通貨統合の方ですが、先ほどのマーストリヒト条約では経済通貨統合の実施を正式な目標とし、各国に課せられる経済運営基準(収斂基準)が制定され、欧州連合参加12 カ国により欧州通貨ユーロが制定、導入される事になったのは1994年でした。 欧州中央銀行(ECB)の前身となる欧州通貨機関が設立され、1998年にはECB設立、中央銀行業務の引き継ぎが1999年1月1日で、決済通貨としてのユーロが誕生し、2001年には支払い通貨としてこの世に出現しました。尚、ユーロを通貨として導入していないすべての欧州連合加盟国は欧州連合条約により、収斂基準(注)を満たして単一通貨(ユーロ)を導入する事が義務付けられています。

 しかし、イギリスとデンマークについては適用除外規定があり、現行通貨(ポンド、クローネ)を維持することが認められています。イギリスですが昨年日本でも上映された「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」を見ると出てきますが、サッチャーさんが頑としてポンドのユーロ通貨加入を認めないというシーンが出てきますが、これは事実で本当にサッチャーさんの卓見でしたね。

 (注)収斂基準は次の4つの分野にわたります:物価の安定、政府の財務状態、為替相場、長期金利。よく知られているのは政府の財務状態で、単年度の赤字額がGDPの3%を越えてはならない、又、政府の債務残高がGDPの60%を越えてはならないと云うものです。ほとんどの国がこの条件を満たしていませんが…

2013 年の国際収支速報(日本国、2014 年2 月10 日財務省発表)

経常収支   3兆3千億円
  貿易・サービス収支 マイナス12兆2千億円
  所得収支 16兆5千億円
  経常移転収支 マイナス1兆円
資本収支  ( 海外からの流入超過)4 兆 6 千億円
外貨準備増減 (増加) マイナス3 兆8 千億円
誤差脱漏 マイナス4 兆1 千億円

 国際収支=経常収支+資本収支+外貨準備+誤差脱漏=0が恒等式です。数字を当て嵌めると3.3 + 4.6 - 3.8 - 4.1 = 0 が確認されます。 左の囲み記事では 経常収支=資本収支+外準+誤差 としていますので、プラス、マイナスがひっくり返しになります。

 即ち 3.3 =- 4.6 + 3.8 + 4.1 と云う事です。(国際収支の統計は複式簿記の原理に基づいて記帳されるのでわかりにくいですが、今後注意して見ていて下さい。)

 尚、昨年の資本収支は外国勢の日本株買いを中心に資金の流入超過が生じ、プラスとなっています。資本収支のプラス(流入超過)は過去30年間で2003 年の21兆円、2011年の3兆円だけですので、珍しいことです。基本的には、毎年流出超過でマイナスでした。

◆市島慎二(いちしま しんじ)
日本興業銀行常務、みずほ証券副社長、アジア開発銀行財務局長、ロイヤルバンクオブスコットランド日本会長など国内外の金融の要職を経て、現在はリッキービジネスソリューション株式会社の取締役を務める。