滋賀銀行 取締役頭取 高橋 祥二郎 氏インタビュー
地域の社会的課題の解決と経済成長を目指して
聞き手:リッキービジネスソリューション株式会社 代表取締役 澁谷 耕一
自分にきびしく 人には親切社会につくす
<澁谷>
近江商人の「三方よし」の精神を継承する貴行の経営理念「自分にきびしく 人には親切 社会につくす」についてお聞かせください。
<高橋頭取>
今から約50 年前、銀行としてのしっかりとした考え方を持とうと、プロジェクトチームが立ち上げられ、この行是(経営理念)が誕生しました。比叡山延暦寺の「忘己利他」の精神を汲み取り、それを職員にもわかりやすくしたものが「自分にきびしく 人には親切 社会につくす」という行是ですが、手前味噌ながら、私も非常にわかりやすく、よくできていると思います。
また、CSR 憲章では、地方銀行の事業は地域との共存共栄があって成立するという考えのもと「地域社会との共存共栄」「役職員との共存共栄」「地球環境との共存共栄」を掲げていますが、そのベースにある考え方も「自分にきびしく 人には親切 社会につくす」という行是です。私たちは判断に迷ったとき、原点である行是に立ち返り、行是に合った判断をするよう心掛けて業務に取り組んでいます。
<澁谷>
「自分にきびしく」とは、具体的にはどのようなことでしょうか。
<高橋頭取>
お客さま対応を含め、普段何気なく仕事をこなしているときに、一度立ち止まって自らの仕事に対して一歩踏み込んだり、角度を変えて見ることが大切だと考えています。今、自分が行っていることはお客さまのためになっているのか、目標達成のための仕事になっていないか、銀行論理の行き過ぎた対応になっていないかなどです。このように、仕事をする上で自分に負荷をかけることが「自分にきびしく」ということです。
堅実経営を目指す一方で、融資に関しても一歩踏み込んだ分析をするなど、これまで慎重に対応してきたため、案件検討には随分と時間がかかっていたと思います。この数年間は、一週間以内に検討結果を回答するなどルール設定を行い、できるだけ早くお客さまに回答できるよう取り組んできました。短期間で回答することは簡単なことではありませんし、融資担当者にはかなりの負荷がかかっていると思いますが、これも「自分にきびしく」であり、自分を追い込みながら案件組成していくことで、職員一人ひとりが成長していくことを期待しています。
そして、「人には親切」とは、じっくりと考えてお客さまのためになる対応をすることです。これも紙一重の問題だと思いますが、お金を貸すことが全てではないと考えています。単なる融資条件をもって可否を判断するのではなく、採り上げが難しい案件であれば、行内でじっくりと検討し、お客さまに対して「このような方法ではどうですか」という提案をできるように取り組んでいます。
地域の課題解決に繋がる事業創出を支援する
<澁谷>
「しがぎんSDGs 宣言」の背景や狙いについてお聞かせください。
<高橋頭取>
昨年11月22日「しがぎんSDGs 宣言」を出し、重点項目として「地域経済の創造」「地球環境の持続性」「多様な人材の育成」を掲げました。平成27年9月に全国連加盟国(193国)によってSDGsが採択されて以降、多数の専門家からSDGsに関するご提案をいただきました。ただし、単にSDGs 宣言をするだけでは意味がありませんので、CSR活動や環境経営など、これまでの取組みとの整合性を含め、滋賀銀行らしいSDGsとは何かをじっくりと考えて宣言したものが今回の「しがぎんSDGs宣言」です。
CSR活動では、これまで一貫して「環境」「福祉」「文化」の三本柱で取り組んできました。CSR に掲げる「環境」「福祉」「文化」というのは、地域貢献や社会奉仕的な意味合いが強いですが、今回のSDGs宣言の背景には、地域の社会的課題の解決と経済成長を目指して新しいビジネスに挑戦する事業者や取組みを支援していきたいという考えがあります。例えば、土曜日に開催しているサタデー起業塾では、コンペ方式によるいくつかの表彰制度を設けていますが、SDGs 宣言に併せて「SDGs 賞」を設けました。ほかにも、SDGsの項目を実現するための事業や取組みを行っている事業者に対しては、融資の金利条件を優遇するなど、色々な仕組みを考えています。
さらに、本年10月に滋賀県と地元の経済団体とともに新たな組織(仮称:滋賀SDGs×ビジネスデザインセンター)を立ち上げ、新事業の創出支援を始めていこうと動いています。センターには銀行から人材を派遣し、新事業に取り組む事業者の意見や考え方をヒアリングしながら、ビジネスマッチングや事業の進め方に関する支援をしていきたいと考えています。滋賀県としても、プラットフォーム的な仕組みを構築することで、将来的に新たな産業として成長 していく取組みを支援していきたいと賛同をいただいていますので、地域一体となって取り組んでいく予定です。
<澁谷>
今回のSDGs 宣言には、金融機関としてSDGsをベースに新しいビジネスモデルを構築していく一方で、それ以上に貴行が地域の課題解決に取り組もうとする事業者を支援することに重点が置かれているということですね。
<高橋頭取>
「SDGs で地方創生」などという言葉をよく耳にしますが、それを滋賀県で実現させ、当行はその一翼を担いたいと考えています。例えば、昨年の地方銀行フードセレクション2017(以降、フードセレクション)に出展していた八日市支店の取引先、共栄精密株式会社のような事例をつくっていきたいと思います。
同社は、大手印刷会社半導体部門の下請業者として精密部品の品質検査や加工事業を営んでいましたが、リーマンショックによって受注が激減し、熊本県内にあった工場の一部閉鎖を余儀なくされていました。しかし、生キクラゲの栽培に成功し、雇用は確保されました。一般的に国内で流通しているキクラゲは乾燥品ばかりで、生キクラゲというのはほとんど見かけないと思います。キクラゲというのは、無菌状態を徹底的に保つことや最適な温度と湿度を維 持することなどの栽培条件の厳しさから、他のキノコ類に比べて栽培が難しいと言われていましたが、同社は精密部品を取り扱ってきた経験に加え、設備としてクリーンルームを保有していたことが強みとなり、それらを活かすことで生キクラゲの栽培に成功しました。フードセレクションに出てメディアに採り上げられた「ハナビラタケ」の反響はものすごいそうで、その後は問合せが殺到しているとお聞きしました。
平成28年4月、同社は滋賀県高島市(旧今津町)と事業推進に関する協定を締結し、同年3月に廃校となっていた高島市内の小学校の廃校舎を活用して、生キクラゲとシイタケの生産を始めています。当行としては、同社が熊本県の工場で栽培していた生キクラゲを滋賀県内でも栽培できないかと思う一方で、廃校舎の有効活用という高島市のニーズを把握していましたので、双方を引き合わせたところ、このようなビジネスマッチングが成立しました。廃校を有効活用することで、そこに新たな雇用も生まれています。このように地域の課題を解決しながら事業を創出するビジネスマッチングなどに、今後も積極的に取り組んでいきたいと考えています。
世界で三番目に古い湖「琵琶湖」を守る
<澁谷>
環境経営についてお聞かせください。
<高橋頭取>
琵琶湖を守るためにも、環境経営に取り組むことは非常に大切だと考えています。琵琶湖は日本一大きな湖として有名ですが、それ以上に象徴的なことは約400万年以上前から存在する、世界で三番目に古い湖であることです。そのため、魚をはじめ、植物や昆虫など琵琶湖にしか生息しない生物や植物、いわゆる固有種がたくさん存在します。また、滋賀県をはじめとした、大阪、京都、兵庫など1,400万人のための大きな水がめでもありますので、琵琶湖を綺麗に保つこと、環境経営に取り組むことは県内に本拠を構える金融機関として当然のことだと考えています。
地方創生への挑戦「守山バラ」の大規模事業化
<澁谷>
「守山バラ」の地域ブランド化など、事業性評価や地方創生への取組みについてお聞かせください。
<高橋頭取>
農業や生花業という業界は、金融機関がこれまで中々対応できていなかった業界だと思います。滋賀県守山市は、全国有数のバラの産地ですが、栽培業者の高齢化や後継者不足という問題を抱えていました。そこに、バラ苗の卸業者であったクニエダ株式会社が自ら大規模栽培に取り組んでいこうと決意されたのが「守山バラ」の地域ブランド化の発端でした。当行は、この取組みに計画段階から携わっていましたが、そもそも事業化できるものなのかという検討から始まり、事業の仕組みや将来性について徹底的に分析し、事業性評価に基づく融資として行政や地元金融機関と連携してハウス建設資金を実行しました。
高品質なバラを栽培するために、ハウス内にオランダの最先端システムを導入し、温度、気圧、日射量などをコントロールしているそうですが、その管理データはオランダに転送され、オランダから指示がくる仕組みになっているそうです。そのように徹底して管理されたバラは、種類が豊富であるだけではなく、一般的なバラよりも長持ちすると言われています。守山市長も「守山市をバラの生産地にしたい」と応援していましたので、国内最大級のガラスハ ウス(面積18,720㎡、高さ7 m)の建設資金を支援し、「守山バラ」の地域ブランド化に貢献できたことは大変光栄なことだと感じています。さらに、同社は次なる展開として、食用バラの生産を検討されているそうですが、引続き地方創生に向けて支援していきたいと思います。
<澁谷>
これだけ立派なガラスハウスを建設して、オランダから最先端システムを導入するとなると、投資額も相当な金額になったのではないでしょうか。
<高橋頭取>
国の補助金も活用していますが、当時は新聞にも掲載されましたし、かなりの金額を投資した取組みでした。しかし、これから若い人たちが農業分野に入っていこうとするのであれば、GAP 認証など付加価値の高い農業に取り組む一方で、大規模な農業を目指していくべきだと思います。大規模に事業を行うことは当然それなりのリスクを伴いますし、気候変動や外部環境によって好不調はあると思いますが、何よりも積極的にチャレンジしていくことが大切です。また、何か新しい事業を始めても、そのまま順調に推移していくとことは稀だと思いますし、事業とは色々な紆余曲折を経て確立されていくものだと思いますが、当行としてはその事業の本質をしっかりと見極め、事業者を支援していきたいと考えています。
事業性評価を通してチャレンジする事業者を支援
<澁谷>
「守山バラ」以外にも、画期的な事例があればお聞かせください。
<高橋頭取>
近江牛発祥の地とされる滋賀県竜王町に、近江牛飼育で県内最大規模を誇る有限会社澤井牧場があります。同社は「澤井姫和牛」というメス牛を生産していますが、地元の信用金庫や政府系金融機関とともに支援することで、生産基地を約3.7倍(33,000㎡→ 122,000㎡)に拡大しました。元々数百頭規模からスタートした「澤井姫和牛」の飼育頭数も、生産基地の拡大に伴って1,600頭から2,150頭まで増加し、将来的には3,500頭を目指して取り組んでいます。同社への支援も、近江牛の販売先やマーケット調査など、事業性評価に基づく融資対応により実現した地方創生への取組みだと思います。
既存の取引先など、従来からよく知っている業界、分野に対して、事業性評価に基づいて支援していくことは大切ですが、クニエダの「守山バラ」や澤井牧場の「澤井姫和牛」のように、これまで金融機関があまり踏み込めていなかった業界、分野にも入り込んで、事業性評価に基づいた支援をすることも非常に大切だと思います。当行は、色々な場面で「チャレンジする人を応援します」と公言していますが、失敗も覚悟の上で、新たな取組みに積極的にチャレンジしようとする事業者に対しては、事業性評価を通して支援し、応援していきたいと考えています。
地元上場企業とともに新規事業を支援
<澁谷>
創業・新規事業開拓支援の取組みについてお聞かせください。
<高橋頭取>
滋賀県や京都府には大学がたくさんありますので、当行では「産・学・官・金」で連携してニュービジネス支援を行う「野の花応援団」というネットワークを設けています。野の花応援団が事務局を務めるビジネスフォーラムとして「サタデー起業塾」を開催していますが、3年ほど前から単なる勉強会の開催ではなく、今後取り組みたい事業や現在取り組んでいることを参加者に発表していただくプレゼン大会を開催しています。そして、滋賀県に本社を置く上場企業8社から企業賞をご提供いただいています。最終選考会には、その8社の役員の方々にプレゼンの評価者としてご参加いただき、事業内容について貴重な意見を頂戴しています。起業塾の参加者にはプレゼンを通して色々な方からコメントをもらい、そこからステップアップしてほしいと考えています。今年の2月で「サタデー起業塾」は18年目の開催(全5 回)が終了し、5月からは19年目の開催となる予定ですが、次年度も塾生150名と、30~40名の新規事業者(プレゼン希望者)が参加する大変人気な取組みになっています。
積極的に働く女性がチャレンジしやすい職場環境づくり
<澁谷>
女性活躍推進についてお聞かせください。
<高橋頭取>
当行は、男女雇用機会均等法が制定される以前から、男性と女性の給与テーブルが同じです。総合職や特定職の選択制は、入行後十数年経ってからできました。どちらかといえば、入行時には総合職一本しかなかったような銀行です。そのような当行独特の歴史もあって、他の金融機関と比較した場合、積極的に働く女性の比率が高いのではないかと思います。
また、他の金融機関に比べて女性外交にも早く対応してきたと思います。代理職(主任クラス)以上の女性比率は現在23.4%です。しかし、支店長クラスの女性比率はまだ2.5%と低いため、目先の目標は同比率を5%までもっていくことです。ただし、比率を無理に引き上げようとすべきではありませんので、これから4~5年のなかで支店長になりたいと思う女性が出てくるような環境、そのようなことにチャレンジできる環境を整えていきたいと考えています。
取引先の社長に対して、女性が融資の条件交渉などをしていくのは難しいのではないかと思っていましたが、お客さまからの評価も高く、最近では法人外交をしたいという女性も増えてきています。法人外交を行う女性の比率もまだ全体の3.2%ですが、10年後には同比率を20%まで引き上げたいと考えています。また、投資信託などを販売する個人外交をしながら、法人外交の勉強をして経験を積んでいくことも充分可能だと思いますし、事業承継などの課題は法人個人ともに関わってきますので、今後は法個連携の推進によって男性と女性の垣根が益々減っていくと思います。
近畿の地方銀行として初の「イクボス宣言」
<澁谷>
貴行では、男性の育休取得者も多い印象を受けましたが、育休に関するお考えについてお聞かせください。
<高橋頭取>
平成28 年、当行は近畿の地方銀行として初めてイクボス宣言を行い、職員が仕事と家庭を両立しながら活躍できる職場環境づくりに努めています。また、私にも娘が2人いますが、その娘2人にも昨年子どもが誕生したことで、改めて子育ての大変さを感じました。女性が育休明けに職場復帰をするにしても、単に子どもを保育園に預けたらよいというものではなく、改めて旦那さんを含めた家族の協力が必要だと思いました。
男性職員でも育休取得できる職場環境づくりを行うことで、子育てにおける女性の負担を少しでも減らすことができればと思います。そして、育休期間が長期化すると、職場復帰しづらくなってしまいますので、育休中にも子どもを連れて参加できるセミナーを設けるなど、育休中の職員が職場復帰しやすい環境づくりにも取り組んでいきます。最終的には各々の家庭の事情によると思いますが、できることなら職員の方々には子育てを理由に退職するのではなく、一定期間育休を取得して復帰していただきたいと思います。
オペレーション改革に着手し、生産性向上を目指す
<澁谷>
働き方改革、生産性向上についてお聞かせください。
<高橋頭取>
生産性向上という観点では、約2年半前にプロジェクトチームを立ち上げ、オペレーション改革に取り組んでいます。店頭の窓口業務やバックオフィス業務を含め、業務のスリム化を図りたいと考え、業務の集中化やキャッシュレス、ペーパレス化を目指しています。最近では、相互再鑑に関するルールの見直しを行い、もっと再鑑事務を減らしていこうという「検印レス」にも取り組んでいます。メガバンクが事務効率化に取り組んでいるというニュースをよくお聞きしますが、当行としても数年間かけて、機械が対応できる業務は機械にシフトするなどのシステム化を進め、対面業務により多くの職員を振り向けていきたいと 思います。
高橋 祥二郎(たかはし しょうじろう)
昭和54年4月 滋賀銀行入行
平成18年6月 営業統轄部長
平成20年6月 取締役営業統轄部長
平成21年6月 取締役京都支店長
平成26年6月 専務取締役
平成27年6月 取締役副頭取
平成28年4月 取締役頭取(現職)
(2018/03/13取材 | 2018/04/25掲載)