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第4回 のれん 1 "のれん"とは何だろう|銀行員が知っておきたい会計話

著者:公認会計士 井口 秀昭

のれんは暖簾

のれんといって、まずに思い浮かぶのは「暖簾に腕押し」ののれんです。暖簾というのは飲み屋や小売の店先の入り口にかかっているあの布切れです。暖簾にはその店の屋号が書いてあるのが普通ですから、暖簾という言葉でその店の信用という意味にも使われるようになりました。「店の暖簾にかかわる」といった形で使われるものです。店の信用力は製品の販売価格に波及します。一見同じように見える品物でも、信用力の高い店が売れば、他の店より高く売れるというような現象が出てきます。そこで売られる品物が本当に品質が違っているかどうかは問題ではありません。たとえ、品質的にはまったく同じ物でも、あの店で売っているから高く売れるというものです。高く売れる原因は文字通り暖簾というブランド力かもしれませんし、あるいは店の主人の人柄であったり、店の立地条件の良さだったりするかもしれません。とにかくそういう目に見えない力がその店の収益力を押し上げるのです。収益力ということになれば、会計上も認識しないわけにはいきません。会計ではそういう目に見えない収益力を総称して"のれん"といいます。

自己創設のれんは貸借対照表には表現されない

では、そののれんは財務諸表ではどのように表現されるのでしょう。のれんによる収益力の向上は損益計算書の売上と利益の上昇として実現されます。つまり、のれんは当然に収益獲得能力を有していることになります。問題はのれんが貸借対照表にどのように表現されるかです。

将来の収益獲得能力は通常であれば、資産として貸借対照表に表現されはずです。資産の大きい会社ほど将来の収益力も大きいと判断されます。逆に言えば、資産が大きいということはそれに見合う負債なり資本があるのですから、将来収益力が資産に見合って大きくないと、その会社に資金を投下している債権者や株主は納得しません。資産が大きいということは会社の経営陣に相応のプレッシャーが働くことになります。

財務諸表の適正開示という点から見れば、会社の保有するすべての収益獲得能力は貸借対照表の資産として表現しなければなりません。しかし、自社でこれまで培ってきたのれんだけは資産として表現しなくてもいいことになっています。自己創設のれんは簿外の含み資産として保有できるのです。含み資産として保有できるということは、表面上の貸借対照表をスリム化したままで、損益計算書の収益力を上げることができるのですから、計算上の資産効率をアップでき、経営としては利点といえます。

このように、のれんは通常何もなければ、貸借対照表上に出てきませんから、のれんを保有している会社というのは特殊な会社だと思われるかもしれません。しかし、のれんはどの会社でも必ず持っているものです。このように言うと意外に思われるかもしれませんが、たとえば次のような例を考えてみましょう。まったく同じ資産・負債構造を持つ会社を二つ作ります。そのうえで、別の経営陣や従業員により、同じ事業をスタートさせたとします。資産・負債構造は同じでも、経営陣や従業員は違うのですから、損益計算書に表現される収益力は当然違ってくるでしょう。この二つの会社のうち、収益力の高い会社は、低い会社に比べてのれんがあることになります。収益力の低い会社は"負ののれん"があるということもできます。このようにすべからくすべての会社は長年事業を行っていれば、正であれ負であれ、のれんを持っていると考えていいでしょう。しかし、こうした自己創設のれんは客観的評価ができませんから、貸借対照表には表現されません。

会社の買収でのれんは表面化する

しかしそれが貸借対照表に顕在化することがあるのです。それは会社を買収するときです。会社を買収するときは、会計上は会社の帳簿上の純資産(資本勘定)を購入するという形で処理を行います。しかし、その会社の買収代金は帳簿上の純資産で決定されるわけではありません。会社の買収の実質的意味は、その会社の将来の収益力を購入するということですから、買収代金は会社の将来の収益力を評価して決定されます。将来の収益力はのれんを含んだものです。将来収益力の評価の仕方は、公開会社であれば株価が中心となるでしょうし、非公開会社であればDCF(ディスカウンテッドキャッシュフロー)法や、収益還元法などを使います。こうした形で決定された買収代金はほとんどの場合、帳簿上の純資産と関係なく決まりますから、この両者は一致しません(非公開会社で買収価格を帳簿上の純資産価格で決定するような場合がまれにありますが、その場合は買収価格と純資産価格は一致しますから、のれんは出てきません)。買収価格と帳簿上の純資産価格との差額がのれんです。買収代金が帳簿上の純資産より高ければ、その会社は帳簿上の純資産より超過収益力があったということになり、正ののれんが発生し、逆に低ければ負ののれんが発生します。

M&Aにのれんはつきもの

M&Aにはのれんの評価と会計処理が大変重要なポイントになります。最近、ライブドアとフジテレビジョンのニッポン放送買収合戦が大変話題になっていますが、これから、M&Aは益々盛んになることは間違いありません。銀行員がM&Aに遭遇する機会も多くなることは必定ですから、のれんについての理解は不可欠です。したがって、本連載においても今後数回にわたり、のれんを取り上げていきます。今回はのれんの概括的理解について説明しましたが、次回以降、連結財務諸表や個別財務諸表におけるのれんの会計的処理について説明します。