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第9回 税効果会計 2 ~繰延税金資産の資産性 |銀行員が知っておきたい会計話

著者:公認会計士 井口 秀昭

銀行員にとっての繰延税金資産

前回、説明したように繰延税金資産を計上すれば、自己資本が増加します。繰延税金資産が計上されている財務諸表を預かったときは、この会社の自己資本は繰延税金資産により押し上げられているということに注意しなければなりません。自己資本比率は銀行員が融資先を判断するときのポイントですから、この繰延税金資産に資産性があるかどうかは非常に重要です。この検証は銀行員の財務判断にとっては不可欠な事柄だということをまずしっかり認識してください。

繰延税金資産の資産性

税効果会計により、繰延税金資産を計上すれば、その分資産が増加すると同時に自己資本が押し上げられます。このように、繰延税金資産は自己資本を構成することになりますから、繰延税金資産に本当にその価値があるかどうかの資産性の検証は重要です。土地や建物といった資産は実体のある資産ですから、資産性の検証はその実体を見て判断することになります。つまり、建物が実際毀損すればその分損失を計上しますし、最近であれば工場等の収益性が落ちたときは減損しなければなりません。しかし、繰延税金資産は実体のある資産ではありませんから、繰延税金資産そのものをいくら見ていても、その価値は分かりません。繰延税金資産の資産性(繰延税金資産では回収可能性といいます)は他の資産とはまったく別の次元で検証されねばなりません。

繰延税金資産は会計上は費用として既に計上したが、税務上の損金算入が来期以降にズレル場合(こうした会計と税務のズレを一時差異といいます)、将来税務上の損金算入が実現したときには会計上の利益に比べ税金が減少しますから、その税額減少効果を先に見込んで計上するものです。繰延税金資産は"将来税金が戻ってくるから"計上できるという表現をされることがありますが、税務当局が税金をキャッシュで戻してくれるということはありません(税務署はそんなに甘くありません)。繰延税金資産の回収可能性は、税金が戻ってくることではなく、税額減少効果を確認することにより検証されます。税額が減少するためには、一時差異が税務上損金算入されるときに、会社が税金を払っていなければなりません。その会社の経常的損益が赤字で元々税金を払っていなければ、いくら一時差異を損金算入したところで、赤字額が拡大するだけの話で、税額減少効果はありません。したがって、繰延税金資産の回収可能性は、会社が将来、一時差異の税額減少効果を享受できるだけの税金を払える状況にあるかどうかによります。つまり、将来通常の収益力で相応の税金が算定できるほどの利益(税務上の所得)を上げられるかどうかを検証するのです。この検証は毎期行うわけですが、将来の見込みの検証ですから、そのときの状況によって、その見込みの判断は変わってきます。前期までは将来黒字になると予想し、繰延税金資産の回収可能性があるとしていたものが、当期になりその判断が変われば、既に計上してあった繰延税金資産は取り崩さなければなりません。繰延税金資産の取り崩しは、当然ですが設定とは逆に損益計算書の損益を悪化させ、貸借対照表の自己資本を毀損することになります。

将来利益予想の低下

利益予想は変動します。昨年の利益予想なら繰延税金資産の資産性が認められたものが、今年の利益予想になると否認されるといったケースも出てくるわけです。それが、先般展開された銀行の繰延税金資産は利益の何年分が妥当かという議論につながってくるのです。1年とか 5年とかいう数字にそれほどの理論的根拠があるわけではないので、明確な結論は出しにくいのですが、ただいえることは経済の不況感が強まり、将来利益が上がらなくなるとすれば、繰延税金資産の資産性も低下するということは事実でしょう。

ゴーイングコンサーンゆえの資産

土地や建物という実体のある資産は、収益還元価値という考え方を除けば、自分の企業と関係なく、外部からの評価でその価値を決めることができます。しかし、繰延税金資産は外部から評価を与えられることはありません。繰延税金資産はその企業が今後収益を計上できるという点でのみ資産性を持ちます。その資産性は自らの収益性に依存するという性格を有する資産なのです。つまり、繰延税金資産はその企業が破綻すれば価値を持たない、ゴーイングコンサーンゆえに存在する資産です。したがって、その資産性は常に変動しており、検証を要する資産といえます。

利益との相関

繰延税金資産の資産性は第一に将来利益(税務でいえば所得)に依存します。繰延税金資産に対応する利益は繰延税金資産を実効税率で割り返したものです(これが一時差異になります)。今後それだけの利益を相応の期間に計上できるかどうかで繰延税金資産の資産性が決まります。そういう意味で繰延税金資産に対応する利益が税務上の所得の何年分に当たるかというのは重要なポイントになります。税務上の所得が分かればいいですが、分からないときは、税引前利益で代替するというのが一つの方法です。何年分なら許容できるかということは、個々の会社の事情によって変わってくるので一概には言えませんが、同業他社や前期と比べたりしてその妥当性を判断しておくべきでしょう。

自己資本に占める割合

繰延税金資産はゴーイングコンサーンゆえの資産で清算価値としては価値を持たない資産です。そうした資産が自己資本のどれ位を占めているかということも企業の本当の体力を見るうえでは大切なことですから、この点についても常に検証しておかねばなりません。