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第5回 のれん 2 "のれん"は個別と連結でどう違うのか| 銀行員が知っておきたい会計話

著者:公認会計士 井口 秀昭

前回、のれんとは何かということについて説明しました。

のれんはほとんどの会社が実質的に保有していますが、通常の状態では財務諸表上には表現されません。のれんが財務諸表に実現するのは、会社が買収されたときです。今回は会社が買収されたとき、どのような形でのれんが財務諸表上に表現されるのかということについて説明します。

のれんという勘定科目はない

世の中でこれだけのれんという言葉が氾濫すると、財務諸表にのれんという名前が存在していると思う人がいるかもしれません。しかし、財務諸表をどんなに穴の開くほど見つめても、そこにはのれんという勘定科目はありません。のれんは財務諸表にはその名前では登場しません。のれんは財務諸表には二つの名前で顔を出します。一つは「営業権」であり、一つは「連結調整勘定」です。財務諸表で営業権と連結調整勘定が出てきたら、それがのれんだと認識してください。したがって、両者に本質的相違はありません。両者の違いはのれんが出てくる財務諸表の形式にあります。のれんが連結財務諸表に出てくるときには連結調整勘定になり、個別財務諸表に出てくるときには営業権になるのです。それではこの二つの相違点を実例を用いながら説明していきます。

A社がB社を買収する

たとえば、A社がB社を買収しようとしたとします。買収されるB社は【1】(2)のような財産状態であったとします。帳簿上の純資産(資本勘定)は1,000ですが、その事業の収益性から事業価値を算定すると、B社の事業価値は4,000と評価されました。B社の事業価値4,000とB社の帳簿上の純資産1,000との差額3,000が生じた理由は二つ考えられます。一つはその資産に含み益がある場合です。たとえば、土地の簿価は500だけれども、その時価は1,000であるというようなケースです。事業を買収する際、その資産に含み益があるときは、買収側はその含み益を実現して資産の帳簿価格を増額させ、この土地は1,000で受け入れます。もう一つの理由はその事業に貸借対照表では表現されない超過収益力がある場合です。それはブランド力や技術力等の要因で発生します。これが"のれん"といわれるものです。この設例のB社の場合は資産の含み益はなく、その差額3,000は全額がのれんだとします。
A社がB社を購入しようとするとき、その代表的方法は二つあります。それはB社という会社形態は存続させたままB社の株式を取得する株式買収と、B社からその事業そのものを直接取得する営業譲渡です。

株式買収は連結で評価する

株式買収はA社がB社の発行済株式の100%を既存株主から買収するものです。B社の企業価値(事業価値)は4,000ですから、A社はB社株式100%を4,000で購入します。既存株主はB社株式の売却により4,000の現金を得て、B社の株主の地位から離れます。この方法はB社の会社内容には何の変更もなく、ただB社の株主構成がA社に変わるだけです。したがって、B社の財務諸表は買収された後も【1】(2)のまま変わりません。他方買収したA社の財務諸表は【2】(1)のようになります。A社はB社株式の100%を購入しますから、A社が所有したB社株式はA社の財務諸表上は子会社株式として計上されます。結局、買収後のA社財務諸表は買収前と比べると、現預金が4,000減少し、子会社株式が同額増加していることになります。
B社はA社の子会社ですから、A社のB社買収後のグループ全体のパフォーマンスを見るためには、A社を親会社、B社を子会社とする連結財務諸表を作らなければなりません。それが【2】(3)のB/Sです。これは【2】(1)の親会社A社のB/Sに、【2】(2)の子会社B社の資産・負債勘定を合算したものです。B社には負債はありませんから、資産の1,000だけを加算します。一方、A社のB/Sには子会社株式としてB社株式が4,000計上されていますから、その分は控除しなければなりません。資産から控除されるB社株式は4,000ですから、B社資本勘定1,000との差額3,000が資産に残ってしまいます。これが連結調整勘定です。この連結調整勘定が"のれん"ということになります。
この連結調整勘定は20年以内で償却しなければなりません。たとえば、5年で償却すると、連結財務諸表のP/Lでは【2】(3)のように販売費および一般管理費において600の連結調整勘定償却額が発生します。この連結調整勘定償却額はキャッシュフローとして流出するものではありませんが、連結上の利益を減少させることになります。

営業譲渡は個別決算で評価する

今度はもう一つの方法である営業譲渡の場合を説明します。営業譲渡はA社がB社から、事業そのものを直接取得します。事業を売却したB社は売却代金4,000が資産に計上され、譲渡された資産の簿価との差額3,000が営業譲渡益として資本に計上されます(【3】(2))。B社は他に事業を行っていませんから、この事業を譲渡してしまえば、存在意義がなくなってしまいます。そこで、B社を解散します。B社には残余財産が4,000ありますから、B社株主は税金を考慮しなければ4,000の現金を手にすることができます。A社はB社という会社組織には関心はなく、B社が所有する事業用資産や従業員、顧客といった営業のすべてを買い取ってしまいます。B社の営業を4,000で買い取りますから、A社は4,000の現金を支払って、取得価格1,000のB社資産を受け入れます。支払う現金4,000と受け入れる資産価格1,000との差額3,000は営業権として資産に計上します(【3】(1))。この営業権がのれんです。個別財務諸表の営業権は連結財務諸表の連結調整勘定と同じ性質のものです。営業権も連結調整勘定同様、償却しなければなりませんから、A社の個別損益計算書では、5年で均等償却すると、費用として営業権償却600が計上されます。(【3】(3))

株式買収と営業譲渡の相違点

では、株式買収と営業譲渡はどこが違い、どこが同じなのか検証して見ます。まず、譲渡側のB社の株主は、株式買収では株式売却代金として4,000を入手します。一方、営業譲渡でも、営業譲渡後のB社を解散するとすれば、財産の分配として4,000の現金を得ることができますから、結果的としてみれば両者とも変わりません。
それでは事業を取得したA社の側はどうでしょう。営業譲渡ではA社個別の財務諸表を見ればいいのですが、株式買収では法人としては別会社ですが、経済的には一体ですから、連結で見なければいけません。貸借対照表は【2】(3)と【3】(1)ということになりますが、"のれん"が連結財務諸表では連結調整勘定であり、個別は営業権になっているだけで、実態は何も変わりません。また、損益計算書についても"のれん"の償却が連結調整勘定償却と営業権償却と名前が違っているだけであり、金額は変わっていません。とすれば、株式買収も営業譲渡も財務諸表から見れば両者に相違はないと言っていいのでしょうか。

両者の最大の違いは税務

それがそうとは言えないのです。両者のもっとも大きな違いは税務です。連結財務諸表の連結調整勘定償却は法人税法上損金にはなりませんが、個別財務諸表の営業権償却は5年間の損金算入が認められます。したがって、営業譲渡で受け入れる会社に営業権償却を上回る利益があれば、税金としてのキャッシュアウトをそれだけ抑えることができるのです。
会社を買収しようとするとき、その会社組織を残したまま、その全株式を買収して傘下におさめるのか、あるいは会社組織を残さず営業そのものを譲り受け、同一の会社の中に吸収してしまうのかという選択は、組織論の違いだけではなく、税務としてのキャッシュフローの違いも考慮に入れて判断しなければなりません。

設定例

【1】 買収または営業譲渡前の状態

(1)A社のB/S
総資産
(内現預金
10,000
4,000)
総負債 5,000
資本 5,000

(2)B社のB/S
総資産 1,000 総負債 0
資本 1,000
(注) B社の事業価値は4,000と評価される

【2】 株式の買収(A社がB社株式を買収する)

(1)B社買収後のA社のB/S(親会社)
総資産
(内子会社株式
10,000
4,000)
総負債 5,000
資本 5,000


(2)買収された後のB社B/S・・・【1】(2)と変わらず
総資産 1,000 総負債 0
資本 1,000

(3)親会社A社と子会社B社の連結財務諸表(B/S)・・・【2】(1)+【2】(2)
総資産
(内B社資産
(内連結調整勘定
10,000
1,000)
3,000)
総負債 5,000
資本 5,000

(4)親会社A社と子会社B社の連結財務諸表(P/L)
(注) 連結調整勘定を5年で償却する
売上高 ***
 
販売費および一般管理費 △***
 
   連結調整勘定償却 △600
 

【2】 営業譲渡(B社がA社に営業譲渡する)

(1)営業譲受後のA社の個別B/S
総資産
(内B社資産
(営業権
10,000
1,000)
3,000)
総負債 5,000
資本 5,000

(2)営業譲渡後のB社のB/S
現金 4,000 総負債 0
資本
(内営業譲渡益
4,000
3,000)

(3)A社の個別P/L
(注) 営業権を5年で償却する
売上高 ***
 
販売費および一般管理費 △***
 
   営業権償却 △600