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最終回 審査のチェックポイント

これまで企業審査に関する基本的事項として経営者や企業の沿革・成長のステージに於ける特長などの定性的な要因や財務諸表から読取るその特徴、企業としての強みと弱さを経営データの何処から判断できるのか、また読取る際の視点(重要性、継続性、特殊性の各原則)は何に置くのか、収益性評価の手法、効率性の判断方法、そして経営の全てが表れるキャッシュフローの仕組みとその理解について、8回に亘って説明を続けてきた。

企業の活動とその力を正しくに理解するには、事業内容を正確に見聞きする(実査する)ことから始まり、財務諸表の信憑性を測りながら実査で見聞きした印象と数値との整合性を念頭に、自らの判断、思考力を以って一般的な財務分析ツール(損益分岐点分析、付加価値分析、キャッシュフロー分析等)の何れが適用出来るのか、またすべきなのかの答えを探し出すことが求められる。企業審査とはこの一連の作業を云い、その質を高めるコツは、分析ツールの基礎的な理解、分析への創意工夫、事業分析への意欲、換言すれば数多くのケースに自ら挑戦する意思に懸かっている。僭越ながら、自身の例を申し上げれば、詳細な企業分析を行った事例として百数十社、決算書を読み、与信可否を考える事例では数百社になっている。日々の蓄積の結果ではあるが、一つのバックボーンは事業の理解へ変わらぬ意欲を持っていることだと感じている。繰り返しとなるが、分析ツールの基礎的な理解は前提となるが、財務分析とは何か特殊な専門業務・スキルでは決してなく、一般的な分析ツールを如何に組み合わせて活用出来るか、その思考力が試される業務だと云えるのではないか。
最終回に当り、やや冗長的ではあるが、審査に関する自らの考えを記した次第である。

さて、今回は企業の買収・合併や株式公開の事例の多くのケースで頻繁に登場する企業価値と云う概念を概説することとしたい。一般に企業は必要な資金を株式や借入金の形式で調達し、その対価として、株主には配当と株価の上昇を貸出人には金利を事業利益の中から支払うこととなる。企業の価値とは、この支払い負担を賄い得るキャッシュフロー創出力を評価したものと定義出来る。では、従来説明したキャッシュフローとは相違があるのだろうか。以下にその相違を概説することとする。キャッシュフロー(資金移動表)の構成の一部は以下の通りである。

(1)営業C/F 損益 税前当期利益
減価償却費
引当金
運転 売掛金
棚卸資産
買入債務
法人税
(2)投資C/F 有形固定資産
投資有価証券
(3)FCF  

ここで云うFCF(フリーキャッシュフロー)とは言い換えると、次の式で表される。
FCF = 税引き後利益 + 減価償却等 - 設備投資 + 運転資金(増減)

これに対し、企業価値分析のキャッシュフローを言葉で表現すれば、事業運営を実施した後の必然的負担(Tax、資本コスト、金利等)を事業キャッシュフローから控除した残余。この残余をその時点で要求とされる還元利回りで割り戻した商(答え)が企業価値(EVA)である。以下を上記に準えて表記すれば以下の通りとなる。
EVA = 税引き後営業利益 - 投下資本 × WACC

WACC(Weight Averaged Cost of Capital)とは既述した株式と借入金との加重平均コスト(期待利回り)であり、投下資本とは便宜的に、株主資本と有利子負債との合計(保有コストを負担すべき事業資産と同額)であると判断すれば、EVAは多年度に亘り投資をした投下資本を維持するコスト(資本コスト)を税負担後の事業利益から差し引いた残余と定義出来る。従い、EVAを多年度に亘り算出し、要求される還元利回りで割戻したもの(最終年度は永久還元)が企業価値(MVA)であると定義されており、EVAを高めるには、税引き後利益の向上、投下資本の圧縮(株式の償却等)WACCの引下げ(借入金利の下げ)が必要とされる。尚、事業評価の基礎となるキャッシュフローの2者比較(FCFとEVA)に於いては前者が単年度投資の多寡に依って振れるのに対し後者は多年度負担を平均化しており年度間の比較に適していると云える。

※ WACC == rD(1-T) × D/(D+E) + rE × E/(D+E)

rE=株主資本コスト、 rD=負債コスト、 D=有利子負債の額、 E=株主資本の額、 T=実効税率
株主資本コストrE = リスクフリーレート(国債利回り) + β(リスクプレミアム - リスクフリーレート)
β=ボラティリティ