TOP > 記事・コラム > 室町紀行 > 乗り鉄| 第八回 岩手銀行 東京事務所 戸田 達史 氏

[室町紀行 第八話] ゼロから始める東京マラソン|岩手銀行 東京事務所 戸田 達史 氏

岩手銀行 東京事務所
戸田 達史 氏
1987年4月 岩手銀行入行
気仙沼支店次長、本店営業部融資渉外課調査役、 コンサルティングプラザ三関支店長
2010年7月 東京事務所長(現職)
写真は東京マラソンにて

これは、期せずして東京マラソンに当たってしまい「さぁ、どうしよう…」と思っている方へのメッセージである。

私は小学校の時、人生初のマラソン大会で気を失って倒れて以来、"マラソン"と名のつくものが大嫌いになった。大学時代はラグビー部でウイングをしていたので、短距離走には自信があったのだが、"マラソン"は特に遅く、常にビリ争いをしていた。

そんな私を「東京マラソンに出場したい」と思わせてくれた、ある所長がいる。私にとってはランニングの師匠だ。昨年2月、東京を颯爽と走る師匠の姿と清々しい笑顔で「楽しかった。また走りたい」と言った言葉に、私は深く共感したのだった。

その半年後、さしたる練習もしないまま、「どうせ、外れるだろう」と軽い気持ちで『東京マラソン2012』に応募した私は、一生分の運を使い果たし9.6倍を引き当ててしまった。確かにあの時、師匠の姿を見て自分も走りたいと思った。でも冷静に考えれば、この歳でド素人がフルマラソンなど走れる筈がない。何より、これから苦しい練習をしなければならないのが憂鬱である。迷った挙句、周囲の「辞退などありえない」的な空気と、師匠のアドバイスにより、シューズ、サポートタイツなどを買い、高額投資をしたことでやっと出場する決心がついた。

さっそく『ゼロから始めるフルマラソン』という安易な本を買い練習を始めるが、やはり早々に『鵞足炎(がそくえん)』という膝のケガを負ってしまった。開始2週間で全治2か月とは情けない。やっと痛みがなくなったのは、年明け間近になっていた。もうケガはできない。とりあえずスタートラインに立つことを目標に練習を再開した。

2月26日、新宿都庁に到着すると、そこは想像を超えるたくさんのランナーで埋め尽されていた。ケガをしたことが幸いしたのか、気負いなく気楽に当日を迎えることができた。でも、完走できる自信など全くない。リタイアを覚悟しゆっくりと走り始める。号砲が鳴ってから17分後、やっと石原都知事が手を振っているのが見えてくると、不思議なことに今までのネガティブな気持ちが、一気に吹き飛んでいった。

コースに出てまず驚くのが、物凄い数の観衆と大歓声である。しかも全く途切れることがない。コスプレやパフォーマンスをしている人、お菓子を差し出してくれる人、応援のメッセージボードを掲げている人…。様々な光景が流れるように目に飛込んできて面白い。沿道やボランティアスタッフの人達とハイタッチをしながら走っていると、何故かスター選手になったような錯覚になってくる。なかなかいい気分だ。

共に走っているランナーを見ていても飽きることはない。次々と現れるコスプレ、仮装に思わず笑ってしまう。また何と言っても、車道から眺める東京の観光名所の数々が、更にテンションを上げてくれる。「本番は、アドレナリンが出るので楽に走れる」と師匠が言っていた。練習より早いペースなのにすこぶる足が軽く、予想に反し快調である。3万6千人のランナー、1万人のボランティア、130万2千人の観衆それぞれがこの日を楽しみ、その熱い思いが大きな力となって、私の背中を押してくれている。なるほど、『東京がひとつになる日。』とは、このことか…。

しかしながら、やはりフルマラソンは、そうは甘くない。練習不足は否めず35㎞過ぎからは、走るより歩く時間が長くなってきた。「せっかく当たったんだから、歩くなー」の声に、ふと我に返り走り出す。見知らぬ人が差し出してくれた冷却スプレーに、胸が熱くなる。その人とは固い握手を交わし完走を誓った。沿道からの叱咤激励と優しさに幾度となくパワーを貰いながら、何とかゴールにたどり着く。「皆さんの応援が、凄く力になりました」。アスリートのこんなコメントをよく耳にするが、その真意をつくづく実感した。完走メダルとタオルをかけてもらうと、嬉しさとともに「楽しかった」という思いが、更に湧いてくる。まるでアトラクションを体験するかのごとく、あっという間の5時間22分であった。

私が幸運にも完走(歩)できたのは、決してフルマラソンを走るだけの走力があったからではない。東京マラソンだから味わうことのできた感動と大会に関わる多くの人達の後押しがあったからに他ならない。
 2013年大会の当選倍率は、10.3倍と過去最高になったという。晴れて当選された方がこれを読み、東京マラソンを走れることの幸せと喜びを少しでも感じていただければ幸いである。苦しさ以上の楽しさが、あなたを待っています。
 走るきっかけと色々なアドバイスをくれた師匠に心から感謝するとともに、練習中やケガの最中に支えとなり、当日も応援に来てくれた方々に、改めてお礼を申し上げます。「楽しかった。また走りたい」。今は来年の出走を、心の底から願っている。

(2012/10/12 掲載)