TOP > 連載 > 中国ビジネス講座

第9回 中国のビジネスマナー|中国ビジネス講座

著者:筧 武雄

●挨拶の仕方:握手のマナー

 人間関係が大きな意味を持つ中国社会では、様々な人間関係トラブルもまた日常的に発生する。そこでわれわれの眼には解決困難に見える混沌とした複雑な状況を、一言で仕切る伝統的なキーワードが 「 留面子 」 ( liu mianzi ) という言葉である。 中国社会のトラブルの多くは 「 面子 」 に原因を発している。「 面子 」 を日本語に訳せば、その人の 「 立場、信用、自尊心、プライド ( honour ) 」 のことである。「 留面子 」 という中国語の意味することは、相手をいくら激しく攻撃あるいは反撃しても、相手の面子だけは尊重して、最後までつぶさずに留める (残す) ことをいう。
 中国社会においては、このように 「 面子 」 の大切さをよく理解しておくことが大切で、「 面子を重んじ、面子を立てること ( 留面子 ) 」 を最優先すればたいていの問題やトラブルは解決することを知ることである。たとえば、数分前まで棍棒を握り締め口から泡を飛ばして路上で大声で喧嘩を始め、引っ込みのつかなくなっている中国人どうしに、通りすがりの通行人が 「 そんなことをしていたらあなたたちの面子は丸つぶれですよ 」 と一言仲介するだけで、何事もなかったように急に真顔になって別れる不思議さがここにある。また、商取引においても、信頼関係にある相手の面子を尊重して、ある程度の取引上のロスは黙認する商習慣もある。
 言い換えれば、どんなに激しい議論をしても、相手に恥をかかせたり、人格や誇りまでを傷つける言動はタブーであり、交渉の場では決して相手を最後まで追い詰めることをせず、逃げ道を残しておく配慮が必要と言える。

●挨拶の仕方:名刺交換のマナー

 誇り高い中国商人たちは職場の中でも外でも話し好き、大変な理屈好きで交渉や議論が大好きである。たとえ規則違反を注意される場面でも、自分の誤りは最後まで認めようとせず、様々な 「 屁理屈 」 まで動員して徹底的に自分を正当化しようとする。 ここで、中国語には 「 有道理 ( youdaoli ) 」 という、頻繁に使用されるもうひとつのキーワードがある。「 道理 」 とは真理のことであり、日本語で言う 「 ことわり 」 である。中国社会では、現代日本のような 「 まず法律ルールありき 」 ではなく、「 まず事実は何か 」 を認識することから始まる。つぎに、その事実に対してどう対処するか。その基本原則を 「 道理 」 と呼ぶといってよいだろう。万人を説得し得る論理であれば、「 道理がある ( 有道理 ) 」 と言われ、道理が通れば、中国人の少なくとも大人 ( daren ) は道理の前に面子をおろす。これが道理と面子の基本的な関係であり、これは立法と取締り、処罰という法治関係を超越したレベルに位置する。このように国の法律よりも面子と道理のほうが優先する、中国はいわば一種の道徳社会と言ってよいかもしれない。事実、中国では、多くの弁護士、検察官、判事が法律とともに必ず道理を語る。
 中国人社員を管理し、指導する経営者としての立場にたつ場合は、どのような場面でも相手の面子を重んじ、同時に自分の道理を明確に語ることのできる能力が不可欠の資質として求められる。日本人によくありがちな 「 沈黙は金 」 、「 不言実行 」 、「 面子にこだわらず実質をとる 」 という姿勢は、中国社会では、「 自分の非をすぐに認める理解しがたい人 」、「 会話したがらない面白みのない人物 」 という風によく誤解されがちである。
 日中の習慣の違いから、中国人の徹底した議論に日本人はややもすると辟易してしまいがちだが、よく耳を傾けて彼らの語る 「 道理 」 を聴いていれば、その実は、議論を通じて真の忠誠や友情を説き、信頼を求めていることにも気づくはずである。このような彼らの問いかけに対して、こちらもきちんと受けとめてやらないと、「 あなたには情も理も無い 」 ということになってしまう。また、たとえ相手が間違っていたとしても、その場で何の反論も説得もせず黙って無視する態度をとれば、内容はどうであれ、結果としては相手の側に理があるという結論になってしまうので注意したい。

●挨拶の仕方:喫煙マナー

 訪問先では基本的にこちらから先にタバコは吸わないほうがよい。相手が吸う場合は、挨拶のときに必ずといっていいほどタバコを勧めてくる。このとき、勧められたタバコを遠慮して、自分のポケットから自分のタバコを取り出して吸い始める態度がもっとも良くない。 「 あなたからの好意は受け取れません 」 と拒絶の意思表示をしているのと同じである。自分もタバコを吸う場合は、相手の差し出したタバコを必ず吸わなければならない。火をつけるのも同様で、ダバコを勧めてきた相手が火をつけてくれるケースがほとんどである。
 タバコに火をつけるとき、中国人は一本のマッチで二人のタバコにしか火をつけない。三人以上いる場合は、必ずマッチを擦りなおすのである。これは 「 三火 」 と 「 散 」 ( 友と離別する ) が中国語でまったく同じ発音であることからくる縁起かつぎの習慣である。こちらが中国人にタバコの火をつけてあげる立場のときは、この点にも注意しなければならない。

●肩書き:必ず職称をつけて呼ぶ

 中国における組織、機関の構造は複雑であり、ビジネスの場で中国人の名前を呼ぶときは、基本的にその人の姓に職位もしくは職種をつけて呼ぶ習慣がある。

  • 行政政機関職員の場合、通常はその人の担当する職位をつけて呼ぶ。例えば、部長、司長、局長、庁長、処長、科長あるいは省長、市長、区長、鎮長である。
  • 民間企業の場合は董事長、経理、部門経理、主任等。工場であれば廠長、車間主任、工程師、技術員、科学研究事業単位であれば院長、所長、院士、教授、研究員、研究室主任等、学校であれば校長、院長、主任、教授、講師等である。
  • 軍隊組織であれば、司令員、政委(政治委員)、参謀長、軍長、旅長、団長、営長、連長、排長、班長等である。
  • 共産党組織であれば、書記、副書記、部長、局長、処長等である。
    姓のあとに職称をつけて呼ぶことで、その人に対する敬意を表することとなる。例えば張隊長、李主任、王教授といった呼び方である。なお、職称を省略して呼ぶことも多い。

 職称がわからない場合や確信のない場合は、「 先生 」 ( シエンション )、女士 ( ニュウシー ) または 「 師傳 」 ( シーフ ) と呼ぶが、基本的には傍らの関係者に尋ねれば、どう呼ぶべきかは必ず教えてくれるはずである。

●肩書き:必ず姓と名はつないで書く

 手紙や文書中で、宛名などで中国人の姓名を書く場合、日本人が十分注意しなければならないことがある。それは人名の姓と名の間に一字空白を設けて、姓と名を離して書いてはならないということである。日本人はよく 「 山田 太郎殿 」 というような書き方をするが、これは中国では首と胴体が切り離されている非常に縁起の悪い書き方として忌み嫌われる。特に相手が政府の高官や企業の幹部であった場合は、失脚をも連想させる書き方になるのでなおさらである。必ず中国では 「 孫中山先生 」 というように姓と名はつないで書かなければならない。

●肩書き:「 同志 」 と 「 老板 」

 文化大革命の時期は 「 同志 」 と呼ばれるか否かは敵と見方を判別するうえでも重要なことであった。しかし、この呼び方は極めて政治的な色彩が濃く、1980年代以降は 「 同志 」 という呼び方は急激に凋落していった。逆に 「 老板 」 ( ラオパン ) という呼称はもともと 「 資本家 」 を指す言葉だったが、現代中国では流行語にもなっており、「 ~長 」 と職称を呼ばれるよりも、「 ~老板 」 と呼ばれるほうが好まれる風潮まで生まれている。単に 「 ボス 」 という意味でも使用され、同時に流行語として商品の頭に 「 老板 」 という言葉をつける新しい習慣も生まれている。「 老板服 」 とは 「 高級紳士服 」 、「 老板靴 」 とは 「 最新流行スタイルの革靴 」 、「 老板椅 」 とは 「 高級家具 」 を指し示す流行語である。

費用負担の原則

【1】 誘ったほうが全額負担

中国には日本のような「割り勘」という習慣が存在しない。日本とは違って、中国では「誘ったほうが全額費用を負担する」という原則がビジネス上でも私的交際上でも基本である。ごく最近になって、北京や上海の若い人たちのあいだで「AA制」と呼ばれる「割り勘」システムが一部に見られるようになってはいるが、まだまだ中国では「割り勘」は例外的な存在と言ってよいだろう。
たとえば、中国の取引先公司を訪問して食事の時間となり、先方の誘いで近くのレストランに食事にでかけたとしよう。立派な中華料理をご馳走になり、昼間からビールで乾杯して良い気持になって、最後の会計の場面になって、日本側が中国公司幹部の面前でポケットから財布を取り出し、「いやいや、今回はこれだけいろいろお世話になっているのですから、この場は私どもで全額お支払いさせていただきます」とか「私どもの分は私どもできちんとお支払いさせていただきますから…」と頑張ることは、中国のビジネスマナーから見れば最低・最悪の行動パターンである。中国でこのような行動をとると「お宅の会社にはカネが無いだろう」と面と向かって相手を侮辱しているのと同じである。こちらが招待されたら先方がすべて費用負担するのが先方の面子であり、ささいな金額でも、このような態度は先方の面子を踏みにじる行為となる。ここは黙って「大変おいしかった、ご馳走様でした」と礼を述べて席から立ち去るのが礼儀である。もし金額負担が大きければ、次回、当方から誘うことが礼儀となる。
逆に中国の公司を訪問して、食事や宴会に当方が誘われなかった場合で、相手が大切なお客様で、ぜひ当方としてお誘いしたい場合、誘うこと自体は問題ない。その場合、相手が中国での受け入れ組織(中国語で「接待単位」という)であった場合でも、もちろん費用はすべてこちらで負担することになる。つまり、こちらが相手側に訪問したのだから受け入れ側が費用負担するという原則でもないので注意されたい。

【2】 ビジネスと友好を混同しない

このように中国では誘った側のホストの面子が大変尊重される。ましてや外国から客人が訪問してきた場合、最高のもてなしをもって対応し、最大満足して帰国してもらうことが中国側ホストとしての面目躍如となる。当方としてはこれを最大限に尊重するように常に配慮する必要がある。「事大主義」と笑われるかもしれないが、中国社会はそのような社交辞礼ルールで動いていると最初から割り切ってしまえば、中国ビジネスは結構スムーズに進むものである。
日本人、日本企業のなかには、そのようなホストの面子を忘れてしまい、自分が尊敬され、重宝されているのだと勘解して舞い上がってしまう例が数え切れない。さらに悪乗りして、日本人の「甘えの構造」感覚で、宴会という中国の社交場にビジネスの話を持ち込む日本人もいる。そのような公私混同の行為は中国側から「やっかいな日本人につかまってしまった」と心中で思われるだけである。たとえそこで無理難題をひとつ聞いてくれたからといって、「自分は中国でなんでもできる」と思い込んでしまうのが中国ビジネス失敗への第一歩となる。そのような関係は一年と続いたためしがない。ビジネスと友好を混同してしまう日本人の愚かさだけは避けたい。