3.欧州危機の対応策と今後の展開
3-1. EUとEMUの抱える構造的欠陥、矛盾
前回で第2章終了ですね。
欧州危機の発生と経路、通貨調整手段を持たないギリシャの様な国の経済財政政策の限界といった事をお話ししました。
今回は第3章欧州危機の対応策と今後の展開の最初の所 EU とEMUの抱える構造的欠陥、矛盾といった事から始めましょう。
(EU=European Union, EMU=European Monetary Union, 正式には The Economic and Monetary Union)
通常は一国一通貨の体制です。これは国という単位の独立性と一体不可分の存在として通貨があるわけです。
通貨発行権と通貨政策は一国の独立性(政治的、経済的、それから民族的、文化的意味あいも含めることもあるでしょう)の裏付けとして重要であります。通貨ユーロの誕生でお話ししましたが、欧州連合体(マースリヒト条約1993年)発足の政治的意味合いは、ヨーロッパにおける争いをやめにして、もっと運命共同体に近づこうと言う極めて政治的発想、理想実現のため始まったことです。その行き着く先はヨーロッパ通貨同盟(European Monetary Union=EMU)で、先程述べた一国1通貨をやめて一地域1通貨にするのが目的で、これは紛争の絶えなかったヨーロッパ地域を戦争のない地域にしたいという強い意志から始まった事なのです。
従って、当然の事として一国の独立性、独自性の制限に結びつくし、通貨に限れば独立性の否定になるのは当たり前ですよね。
従って、目次にあるように「EUとEMUの抱える構造的欠陥、矛盾」があるわけですが、その根っこは、政治的動機、即ち地域の平和を担保したいという崇高な動機から発しており批判はそこら辺をよく理解した上で行った方が良いと思います。
では、欠陥、矛盾として挙げられるポイントを3点ほどに絞ってお話しします。
一つは、一国一通貨体制では、国内諸地域ごとの発展差があれば国境はないので国として後進地域への財政上の支援が通常行われ、国全体として最適な政治、経済的なバランス維持を達成しようとします。すなわち、財政的トランスファー(税収の再配分)が国の意志で行われ地域格差の是正に役立つと言う事です。
ある意味では、国内の南北問題(これは古くから発展経済学で使われていた用語で、北は発展していて、南は遅れているということ。その後、後進国とか、遅れているという言い方は失礼だというので、発展途上国=developing countries という表現になっていますね。)を放置するのではなく、国家的観点から発展途上地域を財政的に支援する事は一国を維持、発展させるために必要な事なのです。一国内の南北問題でよく例として使われるのは、イタリアの北部を中心とする工業地帯と南部の貧しい地域です。
アメリカでもありますね、この問題。少し脱線しましたが、第一点は統一通貨地域での税収の再配分がEMU地域内では行われず(国が違うから)、域内の発展差を抱えたまま固定レートの基で経済が運営されていると言うことです。
次は、経済サイクルの違いが、EU圏内の国ごとにもあるにもかかわらず統一的金融政策がEMU諸国に適用されると言うことです。 経済サイクルというのは、今まで経済学者がいろいろ研究を重ねた結果、短いものから、長い物まで様々あると言うことを発見しています。 短いのは有名なのは在庫循環で二桁台の月の話ですね。一番長いのは確かジュグラーサイクルというもので、何十年の単位です。
これから少し雑談で、数学、統計学の世界で扱われている事柄のようですが、渋滞発生の状況と確率的理論といったセンスで、簡単な例を言えば等間隔を保ちながら等速で走っている車の列があったとすると途中の一台がほんのちょっとブレーキを踏んだだけで渋滞になるということを数学的に解明している研究者がおられるようです。景気循環の単純なモノは(技術進歩、文化発展のダイナミズムなどの影響を排除出来る範囲では)これに似たような現象ではないかと思ったりすると、短期循環など納得しやすいのはないでしょうか。
話を戻しますが、欧州危機―問題の発生あたりでお話ししたと思いますが、ドイツが不景気で景気刺激が必要だった時、アイルランドなどは好況下にあり刺激は必要というより利上げ、減速が望まれていたにもかかわらず、ドイツの都合で金利引き下げが行われた事などにより大量の短期的資金がアイルランドに流れ、不動産を中心とするバブルが発生したのでした。 このようにサイクルに差がある時にうまく対応出来ないのが現体制です。 やはり大国に引きずれられるのは致し方ないというものの、ECB(ヨーロッパ中央銀行)は今のドラギさんになるまでドイツに牛耳られていた感は否めないですよね。(今でも…)要するにあたかも一国のようにEMUの国々がならないのが現実です。
以上二点は、国々の間の差の事で最初は南北、二つ目はサイクルの差でした。 三つ目の欠陥、矛盾に関するポイントは金融機関の正常な運営破綻から生じるシステミックリスク(よく出てくる用語なのでネットなどで見て、よく理解しておいて下さい)回避のため必ず必要となる公的資金投入の必要性に対する備えが出てきた際に、ドイツが主張するような国家財政規律重視の姿勢と真っ向からぶつかり、対応が出来なくなる、ないし遅れる、少なすぎる(いわゆるtoo little, too late. この表現もアメリカがよく使う常套句で今までどのようなコンテクストで使われていたか見ておいたらいかがですか?)事が予想される、というより起こりつつあります。 やはり、調子の良い国からすれば、規律第一でやってもらわなくっては自分の所にもつけが廻ってくるので反対したいですよね。
このような状況、問題、矛盾を認識すると、究極的にはユーロの分裂かユーロ共通債発行を含む財政統合の実現の二者択一という極めて難しい選択を迫られる事になっていると思います。今いきなりユーロ共通債発行という考えが出てきましたが、後ほど解説します。
このような状況を見るにつけ1980年後半のイギリスサッチャーさんの先見の明は素晴らしかったと思います。まあ、単なるガンコおばさんだったのかも知れませんけど… では、次にこの欧州危機に直面してヨーロッパで政策的に実行されてきた対応策の紹介に移ります。