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社外役員の職責と「3線」モデルの構築~社外役員に対するダイレクト・レポーティングを確立せよ~

日本金融監査協会 リスクガバナンス研究会 碓井 茂樹

 少子・高齢化社会の到来から日本経済の潜在成長率は、ゼロからマイナスへと転じていく可能性がある。今後、 業績が低迷し損失を計上する企業も出てくるだろう。一方で、オリンパス、東芝などの不正会計事件や東洋タイヤ、 三菱自動車の品質データの偽装、建設業者のくい打ちデータ改ざんなど、深刻な不祥事を引き起こす企業が増えて いる。今や上場企業とはいえ、かじ取りを誤れば、経営が立ち行かなくなる時代だ。
 昨年来のガバナンス改革のなかで、経営に対するチェック機能は主に社外役員に委ねられた。しかし、社外役員 は本当にその職責を果たすことができるだろうか。
重要性を増す社外役員の職責

コーポレートガバナンス・コードをみると、取締役会は「独立した客観的な立場から経営陣(執行役及びいわゆる執行役員を含む)・取締役に対する実効性の高い監督を行う」と記載されている。また、監査役会に関しても「取締役の職務の執行の監査(中略)などの役割・責務を果たすに当たって(中略)独立した客観的な立場において適切な判断を行うべきである」と記載されている。

社外役員は、独立した客観的な立場から経営判断に至るプロセス・チェックを行ったり、経営者不正、組織的な不祥事隠しなどが起きないように目を光らせ、万一の事態に当たっては、経営責任を問うなど、毅然とした対応を取る役割を担わなければならない。今や社外取締役の職責は格段に重要性を増している。

経営判断に至るプロセスの瑕疵(かし)から多額の損失が発生した場合、あるいは、ガバナンス態勢の不備から経営者不正や組織的な不祥事隠しなどが長期間放置されていた場合、社外役員の責任は厳しく問われることになる。法的責任が問われ、株主代表訴訟で損害賠償請求の対象になるだけではない。社会的に「高い報酬を取りながら監督義務を果たしてこなかった無責任な人物」というレッテルが貼られてしまう。深刻な問題が起きたときほど、激しいバッシングを受けて、社外役員は社会的地位や名誉を完全に失うことになるだろう。

取締役会に付議されていない事項に関して、社外取締役は重い責任を問われることはないと考えられてきた。しかし、今後、社外取締役は監督者としての責任を厳しく問われるようになる。経営に重大な影響を与える案件に関して「何も知らなかった」ではすまされない。どのようなモニタリング活動をいかに能動的に行っていたかが重要になる。取締役会に参加し、執行サイドから与えられた情報を聞くだけの受け身の姿勢では、法的にも道義的にもその職責を果たしているとはみなされなくなるだろう。

国際標準の「3線モデル」を構築せよ

社外取締役は、執行部門(1線)からの報告を聞くだけではなく、リスク管理部門(2線)や内部監査部門(3線)に直接アクセスして、モニタリング活動を行い得る態勢を確保すべきだ。残念ながら、日本企業では、国際標準の「3線」モデルを構築している事例はほとんどない。このため、社外取締役が、どのようなモニタリング活動を行えば、監督機能を果たしていると言えるのか、十分に理解している実務家、法律家は少ない。独立した立場で監督機能を担う社外取締役自らがイニシアチブをとらなければ、正しく「3線」モデルを構築することはできない。

リスク管理部門(2線)は、経営者の指揮下で、執行部門(1線)が気付かなかったり、未対処のリスクがないかを専門的な立場から調査・分析して報告するのが主な任務だ。しかし、金融危機で明らかになったとおり、経営者が主導したリスキーな経営戦略ほど、リスクや問題の所在を指摘しにくいものはない。今や国際社会では、リスク管理部門(2線)から社外取締役への直接のレポーティング・ラインを確保するのが当たり前になっている。

日本企業には想像しにくいかもしれないが、国際社会では、取締役会のなかに「リスク委員会」、「コンプライアンス委員会」が置かれ、その委員長は社外取締役が務めている。また、リスク管理部門長は、経営者のリスクテイクの姿勢に疑問があったり、リスク管理能力を超える懸念がある場合には、社外取締役・リスク委員長に直接報告を行うことが義務付けられている。経営者に対してリスク管理部門が「異を唱える」もので「チャレンジ」と呼ばれる。

社外取締役は、リスク管理部門(2線)に対して、一定の条件の下で「チャレンジ」を行うことを義務付ける内部規定を整備しなければ、監督責任を果たしたことにはならない。

内部監査部門(3線)は、経営者が経営目標を達成することができそうか、独立した客観的な立場で評価するのが任務である。経営者および経営者が指揮する執行部門(1線)、リスク管理部門(2線)は監査対象となる。したがって内部監査部門(3線)は社外取締役の指揮下に置かれ、経営全体をチェックする。これが「独立したアシュアランス」と呼ばれるものだ。

金融危機の際、内部監査部門は専門的能力が不足していたため、事前にリスキーな経営戦略やリスク管理能力の不足を指摘し改善を求めることはできなかった。金融危機後、国際社会では、内部監査部門(3線)を質・量ともに拡充して、内部監査人の専門的能力を高めた。問題が起きてから改善を促す「事後的な内部監査」から、問題が起きる前に警鐘を鳴らして改善を促す「予防的な内部監査」を目指している。

海外の先進的な金融機関(G-SIFIs)の事例を紹介すると、監査委員長は監査法人の元幹部が務めている。ストロングな監査委員長で、内部監査部門長とともに四半期毎の経営計画に合わせて内部監査の計画を策定し直す。そして全世界の拠点に配置した内部監査のプロフェッショナルを統括指揮し、人事考課も行っている。年間1,000 時間以上を内部監査、会計監査の指揮にあてていると言う。

日本では、社外取締役の指揮下に内部監査部門を置いている企業はほとんどない。内部監査人も人事ローテーションで配置されており、プロフェッショナルと呼べる内部監査人はごく少数だ。

国際社会では、内部監査部門を指揮できる権限もなく、頼るべき内部監査のプロフェッショナルもいないというのでは、社外取締役を引き受けるものはいない。「いくら金を積まれてもごめんだ」というのが常識だ。監督責任を果たすことができないし、もし重大な問題が起きれば、多額の損害賠償責任を負い、かつ、社会的地位や名誉をすべて失うからだ。 

日本企業においても、今後、社外取締役に就任するのであれば、内部監査部門(3線)を直接指揮することができるように内部規定を整備してもらうことは、最低限必要な条件である。

内部監査人のプロフェッショナルを養成するには時間がかかるだろう。外部から、内部監査部門長、幹部クラスをヘッド・ハントすることや、顧問弁護士、会計監査人以外の外部専門家との契約締結を認めてもらうことを社外取締役就任の条件にするのも良いと思う。不正会計、組織的な不祥事隠しなどの噂が流れたとき、真偽を確かめるために、ファースト・アプローチとして外部専門家による予備的な調査を直ちに行うだけの最小限の予算を確保すべきである。

役割を終えた社外監査役

社外監査役は、内部監査部門を直接指揮することはできないというのが通説だ。監査役室のスタッフを直接指揮できるが、人数が少なすぎる。常勤監

査役は高いレベルの情報も含めて伝えてくれるが、経営者の元部下であり、情報源としては全く独立性がない。

監査役は「独任制」と言われるが、社外監査役はいざというときは、文字通り「独り」で監査を行うことになる。経営にとって重大な問題が起きれば、法的、道義的責任は決して免れない。

日本には、社外取締役を活用した「委員会」設置型の国際標準の機関設計があり、そちらを選択した方が国際社会での評価は高まる。また、社外取締役と内部監査機能を通じてチェック・アンド・バランスを有効に機能させることは、経営者を助けることにもなるはずだ。

国際社会では、社外監査役は、すでにその役割を終えたとみられている。にもかかわらず、監査役への就任を要請してくる経営者がいるとしたら、底意に何があるのだろうか。身を亡ぼす危険のある申し出は丁重にお断りすべきだろう。

◆碓井 茂樹(うすい しげき)
1983年 日本銀行入行。06年金融高度化センター企画役(現職)。11年3月、日本金融監査協会を設立。著書に「リスク計量化入門」、「内部監査入門」(共著、金融財政事情研究会)

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※金融機関ドットヨム24号8ページに記事が掲載されています。